メールやスカイプでの投稿
投稿者「まことさん」 2013/06/02
親戚が寄り集まる行事が我が家にはあり、私は子供達の御守もしつつ仕入れた話を紹介したいと思います。
沖縄に移り住んで年に正月と夏にしか会えないE姉さんに、私は挨拶がてら話を振りました。
「Iは相変わらず、怖い話が好きなんだね(呆」
E姉さんは私の悪い癖を子供の時分からご存知でしたので、
「悪趣味ねぇ」といった様子で、お祝いのお菓子とお茶を出しながら言いました。
しかし私は沖縄独自の怖い話を期待している訳ではなく、誰にでも起こりうる様な怖い話を期待していました。
「病院の栄養士だったのでしょう。何か面白い話の一つや二つはあるのではないですか?」
「守秘義務があるから、何処の何方と言うのは残念ながら教えられないけれど・・・」
E姉さんは私が生まれる前の高度経済期に、とある夫婦に起こった人形にまつわる話をしてくれました。
その夫婦は同じ会社で働いていた。
夫は体育会系バリバリの営業マンで、後輩や上司から中々の人望があった。
妻は柔らかな物腰の事務仕事をしており、誰からも好かれるような女性であった。
そんな夫婦にめでたく子供が出来たとなれば、たちまち回りの社員から祝福された。
暫くしてお腹が大きくなった妻が、寿退社をして出産と育児に専念する事となり、
花束やカードといったものを受け取った事を、妻はE姉さんに話した。
「食堂で知り合ったんだけど、本当に幸せそうだったわ」
それから何度かE姉さんと妻は病院の食堂で談笑をしては、出産や育児に関する事柄をアドヴァイスしていた。
ある時、食堂で自分を待っていたのであろう妻が、具合が悪そうに俯いていた。
妊娠中には体内のホルモンバランスが不安定になるため、気分や具合が悪そうになるのは誰もが通る道なのだそうだ。
「私も覚えがあるわぁ」
「ぁ、いえ、違うんです」
何が違うのかを問えば、この間夫が変な人形を買って来てから、気味の悪い事が起きるのだと言う。
その人形は古い日本人形で、重さが赤ちゃんと同じくらいあった。
色褪せた着物は当時の物を使用しており、足袋も人間と同じ物を使用していた。
髪の毛は夫曰く人毛で、
撫でるとプラスティックのような質感ではなく、子供の頭そのものを撫でているような錯覚さえあった。
特に気味が悪かったのは目で、とても嫌な印象を受けた。
大きな箱から出された瞬間から気味が悪く、夫に何処で買ってきたのか問うた。
「何処かは分からないけど、骨董品店に入ったらその可愛い人形があったから、お腹の子に買ってきた」
当時は男女の判別が出来なかったので、本当に女の子かどうかも分からなかったのにだ。
余りに嬉しそうに、日本人形を生まれて来る我が子に見立てて抱きかかえながら言うものだから、
妻もそれ以上は何も言う事が出来なかった。
その夜から人形の夢を見るようになった。
自分が自分を見る夢で、夢の中の自分がその人形を我が子の様に「よしよし」とあやしていた。
そんな夢を見るだけでストレスになるのに、仕事を辞めてしまったため手持ち無沙汰。
不気味な人形のいる家に篭って、家事をするしかないのだそうだ。
ある日、掃除機をかけていたらコンセントが外れてしまった。
プラグを再度差し込もうと中腰になり前髪が正面を隠すと、目の前に誰かが立っている気配がした。
というか、つま先をこちらに向けているのが見えた。
一日中同じ行動して、しかも何かに見られているような感覚を毎日体感していたので、気分も害してしまったのだそうだ。
「よかったら体調の良い日は、病院の中庭や食堂にいらっしゃいよ。忙しくない時なら話し相手くらいにはなれると思うわ」
兎に角E姉さんはそんな妻を元気付けたかったらしく、それから妻は食堂によく現れるようになった。
更に、事情を知った栄養士仲間のおばさん達は、妻の話し相手になっていた。
しかし妻は、ある日突然パッタリと来なくなった。
何でも、安産祈願のお守りを買いに行こうと夫が言うので、久しぶりに二人っきりで出かけられるとホイホイついて行った。
そしてお守りを買う前に運悪く階段から落ち、子が流れてしまったのだそうだ。
「おやおや、それはお気の毒に」
「休憩中に病室にお見舞いに行ったらね、例のあの人形が奥さんの隣で添い寝してたのよ、もうびっくりして・・・!!」
「ほぉ、良くTVの精神病院うんぬんのシーンで、患者が人形を持っているシーンがあるのですが、そうきましたか」
可愛いぬいぐるみではなく、妻が気味悪がっていた日本人形を与えるとは、夫は余程妻の事を知らなかったらしい。
日を改めて病室を訪れると、今度はちゃんと起きていた。
ベッドの上で妻は日本人形の髪の毛を櫛で梳いていて、E姉さんは声をかけるのを一瞬躊躇った。
しかし妻の方がE姉さんに気が付いたらしく、他愛ない会話がスタート。
話の途中に、あんなに人形を忌み嫌っていた妻がまるで我が子の様に扱っている。
例えば名前を付けて呼んだり、菓子を口に押し付けては落ちる菓子、突然驚いては授乳を始めるなどなど。
最終的には退院して二度と病院には現れなくなったそうだが、ある日病院の受付で夫の方を見かけた。
妻は精神的におかしくなっているから、薬を貰いに来たのだそうだ。
「毎日私に当て付けのように、人形を子供の様に接して、その夕飯まで作るんですから・・・」
これはさすがに異常だと思った夫は、妻を精神病院に連れて行く事を心に決めた。
しかしE姉さんは『これでは病院の良い金ヅルだ』と思い、お払いに向かわせる事したらどうかと言葉巧みに薦めた。
「でも、そういう所にまた向かわせるのは・・・流石に・・・」
渋る夫をE姉さんは無理やり説得、後日お寺に連れて行く事を約束した。
約束の日、3人と1体が寺に入ると住職が颯爽と現れて、夫とE姉さんから話を全て聞きだした。
すぐに住職は人形のお炊き上げ供養を薦め、妻もお払いの必要が大いにある事を言った。
住職は優しく妻から人形を取り上げると、別の部屋に安置する為に出て行くが、
その後を付いて行こうとする妻、取り押さえる夫。
戻ってきた住職は妻を諭して、E姉さんと夫を退席させてお払いを始めた。
別室で待たされてから1時間以上かかって、お払いが終わったのだろう住職が妻を連れて帰ってきた。
一度では払えなかった事と、明日の朝一番で人形をお炊き上げ供養するので来て欲しい事を、住職は説明した。
「人形のお炊き上げ供養か、私も一度くらい立ち会いたいですねぇ」
「やめておいた方が良いよ」
人形を収めた木の箱が、木材を組み合わされて出来た台の上に置かれていた。
お炊き上げの炎が燈ると箱がガタガタ揺れ始め、異臭が立ち込み、そのせいか吐き気や立眩みがした。
炎が激しさを増して、パリン、パリンと人形が壊れていくのが聞こえた。
それに妻が泣きながらふらふら近付こうとするから、夫は合掌して上げるように説き伏せた。
「気持ち悪かったわあの時、何か声みたいなのは聞こえるし」
「声ですか」
「『此処から出して』とか『お母さん助けて』とか、女の子の声で言ってたと思う」
「ほぉ、それはそれは」
「そして精神病院は勿論止めて、お寺にお地蔵さんを彫りに通っているそうよ?」
精神安定と供養のつもりなのだろうか。
時に寺で見かける道祖神の類は、そういう方がお作りになられた物かも知れない。
この一件で信心深くなったE姉さんは、お地蔵さんに出会うと手を合わせるようにしているそうです。
次の記事:
『貧乏な少年』
前の記事:
『風呂場に外へ通じるドアが付いていた』