怖い話&不思議な話の投稿掲示板
投稿者「よしきり ◆4lTInXds」 2023/06/12
知人から聞いた話。
知人の家には犬がいた。
大型の、ふかふかとした灰色の犬だ。しっぽが妙に長く、耳は垂れていた。
犬はだいたい家のなかで寝ていた。玄関、廊下、キッチンの床、リビングの窓際。そういうところに、ごろんと横になっていた。
呼び掛けても返事はしない。きまぐれに長い尾を揺らすことはあったが、それに意味はないようだった。
犬は彼女が小学生のころから、高校に上がるころまでの間、家にいた。
これだけ聞くとペットの話のようだが、もちろん違う。
その犬は彼女の一家の飼い犬ではなかった。
そもそも実在しない犬だった。
犬は人が近づいてくると、億劫そうに顔をあげ、あるいは嫌そうに人の顔を見て、ふっと消えた。
消える犬は、ただの犬ではない。
「ありゃオバケ犬だよ」
彼女の家族はそう言っていた。
「消えるくらいなら出てこなきゃいいのに、出てはくるんだから不思議だよね」
彼女は愚痴っぽくそう言った。
「出てくるならさ、触らせてくれたっていいと思わない? うちに勝手に住んでるんだし」
「家賃?」
「そう。家賃代わりにもふらせて欲しかった」
私も犬は好きなので、気持ちはわかる。
「一メートルくらいかな。そこまでは近づけるんだよ」
すぐ近くで見ている分には、消えないのだそうだ。
触ろうとすると、嫌そうに消える。
「あとちょっとで触れそうなのに」
知人は触らせてもらえないことが、ひどく不満なようだった。
「なにが嫌ってさあ、床がほんのり暖かいんだよ。犬のいた場所だけ。ぬくもりだけ残してくの」
だから彼女は、たびたび犬のいたあとの廊下に寝転がって、そのぬくもりを全身で感じようとしていたそうだ。
こんなことをするのには、もちろん理由がある。
彼女は無類の動物好きだが、動物全般にアレルギーがあり、動物は飼えない。もちろん犬も。
「あいつが触らせてくれたらよかったのになあ」
そうぼやく彼女は、心の底から残念そうだった。
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