怖い話&不思議な話の投稿掲示板
投稿者「よしきり ◆4lTInXds」 2023/04/09
知人から聞いた話。
知人の家には古い椅子がある。
椅子というよりは、ソファだろうか。一人掛けの、クラシカルなビロード張りのソファだ。かつてはどこぞのお屋敷で応接間に置かれていた一脚と伝わっている。
この椅子でうたた寝をすると、悪夢を見るそうだ。
見る夢は決まっている。
いつも同じ夢だそうだ。
気づくと、どこかの屋敷らしい、古めかしくも豪奢な部屋にいる。
部屋に人影はない。がらんとしている。
部屋は暗い。窓の向こうも真っ暗だ。近づいて外を見ると、あたりは深い森らしい。かすかに差し込む月明かりが、かろうじて木々の形を浮かび上がらせている。
心なしか、寒くなった気がする。
カーテンを閉めようと、手を掛けた時だった。
びたんっ。
濡れた雑巾を叩きつけるような音と共に、窓の下から子供の手が現れて、窓ガラスに張りついた。
生白い、小さな手のひら。
短い指が、芋虫のようにうごめいている。
ぎょっとしていると、また一つ。
びたんっ。
別の手のひらが、窓の下から現れる。
びたんっ。
びたんっ。
びたびたびた。
手のひらが、次々に現れては窓ガラスに張りついていく。下からだけでなく、上からも横からもびたびたびたびた。あっという間に窓は手のひらで多い尽くされる。
かすかな月明かりは完全に遮られて、部屋は真っ暗になった。
「あーそーぼー」
窓の外から、子供の声がする。
「あーそーぼー」
一人ではない。何十人もの子供が唱和している。
「あーそーぼー」
「──いいよ」
すぐ近く。自分の傍らで、誰かが答えた。
きゃあっと子供たちが歓声を上げる。
そして、わあっと大量の子供の手に纏わりつかれて、全身が飲み込まれて──
そこで、目が覚める。
「その椅子、呪われてんじゃないの」
私の率直なコメントに、彼は苦笑いをした。
「たぶんね」
「処分とか、しないのか」
「じいちゃんの持ち物だから、勝手には捨てられないよ。それに、うたた寝さえしなければ座り心地のいい椅子だからね」
その悪夢も、確かに見たときこそ不気味で不快だが、それだけだ。後々現実になにか影響するようなこともない。
「気をつけてさえいれば対してことはないんだし、捨てるほどのことではないよ」
彼の一家にとっては、そういうものらしい。
それにしても、夢の中で窓の外から誘う子供たちとは、いったい何者なのだろうか。
そして傍らで彼らに返事をした声は、誰のものなのだろう。
次の記事:
『江戸川区役所の交番とローソンがある場所の近く』
前の記事:
『イライライライラしてた』