怖い話&不思議な話の投稿掲示板
投稿者「よしきり ◆4lTInXds」 2023/03/18
知人から聞いた話。
彼女には、たびたび思い出す古い記憶があった。
記憶のなかの彼女は、おそらくはまだ未就学児。本当に小さい頃の記憶だという。
小さい彼女は、廊下にいる。
実家の二階の廊下だ。
小さい彼女はすぐにそれを理解する。
今ある実家ではない。
古い実家だ。
彼女が小学生の頃に建て替えた。
今はもうない古い実家。
板張りの廊下はよく磨かれて、艶々としている。
右手には閉めきられた障子戸が整然と並ぶ。
左手には窓があり、そこから庭を見下ろせる。
廊下はまっすぐで、突き当たりで右に折れている。
折れた先がどこへ通じているのか、彼女は知らない。
夢の中の彼女は、障子戸に手を掛ける。
するりと、音もなく障子戸が開く。
その先は二間続きの和室。
二間を隔てる襖は開け放たれている。
そして、そこで女が首を吊っている。
こちらに背を向けていて、顔は見えない。
奇妙なほどに俯いた頭。
滝のように流れ落ちた、いやに艶やかな髪。
牡丹の晴れ着。
両足を紐でくくっている。
ほどけた帯が、畳の上にだらりと落ちている。
倒れた踏み台。
女の身体は揺れている。
──ぎい。
それに合わせて、軋む音がする。
思い出すのは、いつもそこだけだ。
きっかけもなく、白昼夢のように、ふと思い出す。前後の記憶はどれだけ頭をひねっても思い出せない。だからそこに至る経緯も、その後どうなったのかも、彼女にはわからない。
ただ、思い出した直後は、不思議と懐かしむような気持ちになるそうだ。
「そういえば、そんなこともあったなあ」
そんな心持ちになるそうだ。
首吊りのシーンを思い出した感想としては、かなり変だと思う。怖いとか、悲しいとかなら、わかるのだが。
「一応、調べたけどね。私が小さい頃にそんな死に方した人はうちにはいなかったよ」
「じゃあ、実際に見た記憶じゃないのか」
「それは、わからない」
彼女曰く。
彼女の実家に晴れ着の幽霊が出る、という話は昔からあったそうだ。
建て替える前の実家は昭和の初めに建てられた古い家だったが、その家が新築だった頃から幽霊話があったという。その因果はあまりに古くて、詳細はわからない。
「きっと私は、小さい頃にその幽霊を見たんだと思う。その記憶を、時々思い出してるんじゃないかな」
実際に誰かが死んでいれば、それは怖い記憶となるだろう。見知った人の死であれば、悲しい記憶になるだろう。
だが幽霊は、そのどちらでもない。実際に死体を見つけたわけでも、知り合いが死んだわけではない。
だから怖いとか悲しいとは感じない。
ただ、懐かしむような気持ちになるだけ。
彼女はそう解釈しているという。
ところで。
建て替えた後の現在の実家では、二階のある部屋では頻繁に家鳴りがするそうだ。
なにかが軋むような音。
──ぎい。
そんな音が、時々するという。
次の記事:
『パラドックス』
前の記事:
『令和18年から来た』