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投稿者「よしきり ◆4lTInXds」 2023/03/07
知人から聞いた話。
彼が幼い頃に住んでいた団地の一室は、右手がよく落ちていた。
もちろん、人間のものではない。
リカちゃん人形をイメージしてもらえば、一番近いだろう。
小指の爪ほどの大きさをした、人の手を模したパーツ。手首から先の、しなやかな指を上品に揃えた右手。
それがよく、ころりと落ちている。
そういう家だったそうだ。
彼の一家は男所帯だった。
たびたびゴリラに例えられる父と、猿よばわりされる長男。熊に例えられる次男。メガネをかけた虎と称される三男。そして手のりカピバラとあだ名される四男の彼。余談だが、死別した母はナマケモノそっくりだった。
そういう家なので、リカちゃん人形のような愛らしいおもちゃはない。そもそも金銭面でかなり不安のある家庭だったので、おもちゃらしいおもちゃはなかった。一番のおもちゃが新聞とチラシと牛乳パックだったというあたりに、その困窮ぶりが伺える。
そういう家に、ころり、ころり、と右手が落ちている。
「毎回違うパーツが落ちてくるなら、まだ遊びようもあったのに」
「右手だけじゃなあ」
「いらねー」
「踏んづけると地味に痛くてやだ」
「たまに虫と勘違いしてビビる」
「ゴミ箱にいっぱい溜まってるとちょっとキモい」
豪胆な兄たちは平気で拾ってゴミ箱に捨てていたが、小心者の彼は触るのも捨てるのもできなかったそうだ。見つけると慌てて兄たちに助けを求めたという。
「なにが怖いんだよ、こんなの。ってよく言われたけどさ、怖いもんは怖いんだよ」
彼はしかめっ面でそう言った。
「だいたい、兄貴たちがおかしい。あるはずのないもんが家にあったら、怖くて当たり前だろ」
しかも、と彼は顔をしかめたまま話を続けた。
小学二年生の頃、わけあって引っ越すことになった。
野菜の段ボールに持ち物を詰めていたとき、突然頭上から、バラバラとなにやら細かいものが降り注いだという。
大量の、人形の右手だった。
彼は悲鳴をあげて飛び退いた。
兄の仕業か、とあたりを見回すも、その姿はない。
「うれし、うれし」
呆然とする彼の頭上から、そんな声がした。
笑いを含んだ、しわがれた声だった。
「うれし、ねえ」
頭上を見ても、あるのは天井だけ。
声の主は、影も形もなかった。
「うれしって、嬉しいって意味か?」
「知らね。少なくとも俺は嬉しくなかった」
「それはまあ、そうだろうけど」
手首を撒いた何者かは、彼が喜ぶと思ったのだろうか。
それとも、彼が嫌がる様が嬉しかったのだろうか。
単に、彼らが引っ越すのが嬉しかったのかもしれない。
こんなことを言っている彼だが、どこかでその性癖がねじまがったようで、今ではすっかり手フェチになっている。日夜理想の手を探し求めて目を光らせる、気持ちの悪い大人になってしまった。
理想の手は、白く、ほっそりとした手だ。指の太さが均一で、爪は凹凸のない縦長。シワが少なく毛穴の目立たない、なめらかでしっとりした、柔らかい手が理想だという。
そんなもの、それこそ人形の手じゃないかと、私などは思うのだが。
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