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投稿者「よしきり ◆4lTInXds」 2023/02/11
知人から聞いた話。
知人が小学生のころに住んでいた家には、『妹』がいた。
朝、起きるとき。夕方、帰ってきたとき。宿題をしているとき。お風呂に入っているとき。
そういう時に、時々声をかけてくるものがいたという。
「お兄ちゃん」
そう呼び掛けてくる、女の子の声。
知人は当たり前のようにそれを『妹』と認識して、返事をしていた。
そして返事をした直後に思い出す。
自分に『妹』などいないことを。
「それだけだと、思ってたんだけど」
知人は落ちつかない様子で、そう続けた。
「いたんだって」
「なにが?」
「妹が」
「?」
要領を得ない話を整理すると、こういうことらしい。
彼の家に『妹』はいない。これはたしかなことだ。彼も彼の両親もそう認識しているし、戸籍にも『妹』は存在しない。
しかし彼の周囲の人間──友人や近所の人は、彼に『妹』がいると認識していた。彼や彼の両親から『妹』について話を聞いているし、中には『妹』を見たことがある、という人もいる。
「え? 昨日、公園に連れてきてたじゃん」
友人にそう言われた時、彼は大いに困惑したそうだ。
もちろん彼も、彼の両親も、『妹』の話などした記憶はない。ましてや連れて歩くなど、不可能だ。そんな人間は存在しないのだから。
周囲にだけ認識されている、存在しないはずの『妹』。
「お兄ちゃん」
そういうものが、彼の家にはいた。
彼が中学にあがったころ、彼の一家は同じ市内にマイホームを建てて、そちらへ居を移した。
「お兄ちゃん」
そう呼び掛けてくる声は、家が変わると同時に聞こえなくなった。
また周囲も、彼の存在しない『妹』について言及してくることはなくなったという。
引っ越しから数ヶ月後、彼がそれとなく友人たちに確かめてみたところ、『妹』のことは誰も覚えていなかった。
「え? お前、一人っ子だろ?」
そう言われて、彼はまた、大いに困惑したそうだ。
「最近、同窓会があってさ。同級生が集まって、当事の写真とか、卒アルとか、みんなで見たんだけど……これ」
彼は私に、プリントアウトした写真を見せてきた。
十人くらいの小学生が写った、集合写真だった。
「これが俺。隣が田中。その隣が大村。こっちが──」
彼は一人ずつ指を指して、名前をあげていく。
そして最後の一人。周りより二つか三つ年下に見える女の子を指差した。
「これが、『妹』。──そう言われた」
「………………」
私はなにも言えず、黙ってその『妹』を見た。
どことなく彼に似た顔つき。薄ピンクのTシャツに、デニムのスカート。癖のある髪をポニーテールにした、ごく普通の女の子だった。
「……『妹』はいないんだろ?」
「いない」
彼は頭を抱えた。
同窓会で集合写真を見て、これは誰?と聞いたら、友人たちに言われたそうだ。
「え? お前の妹じゃん」
そう言われて、彼はもう、なにがなんだかわからなくなったという。
「いないんだよ、『妹』なんて。本当なんだ」
「わかってるよ」
「なのにみんなは『妹』を知ってて……なあ、俺の頭がおかしいのか?」
「そんなことないよ。落ち着け」
「……お前は、俺の『妹』、知ってるか?」
「いや、知らない」
その時はそう答えたが、それは実は嘘だった。
私は過去に、『妹』と街を歩く彼に出くわしたことがある。
「その子は?」
「『妹』だよ」
そう会話をして、『妹』にも挨拶をした。
ずいぶん年の離れた『妹』だと思ったのを、よく覚えている。
秋口だというのに、薄ピンクのTシャツに、デニムのスカートという薄着をしていて、寒くないのだろうか、と思ったのも覚えている。
どことなく彼に似た顔つきも、癖っ毛のポニーテールも、よく覚えている。
だから、写真を見たときは驚いた。
私が記憶している『妹』が、そっくりそのまま写っていたのだから。
その後、彼と『妹』の話をすることはなかった。
だから私が会った『妹』の正体はわからずじまいだ。
「お兄ちゃん」
甘えるような声で彼をそう呼んでいたあの子は、なんだったのだろう。
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