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投稿者「よしきり ◆4lTInXds」 2022/09/18
知人から聞いた話。
彼女の生家は、お化け屋敷だった。
例えば、廊下。
板張りのそこを、裸足で歩く足音がする。ひたひた、という少し湿り気を帯びた静かな足音だ。それが誰もいない廊下を歩き回る。
見に行っても、誰もいない。
例えば、風呂場。
髪を洗っていると、すっと背中を冷たい風が撫でる。あるいは自分の髪に混じって、誰かの指が自分の指に絡んでくる。
ぎょっとして確かめても、なにもない。
キッチンからは、料理の音が聞こえることがあった。誰もいないはずなのに、トントンと包丁でなにかを切る音がする。ことこととなにかを煮る音や、パチパチと揚げ物をする音。そういうものがよく聞こえた。見に行くとその音は止み、無人のキッチンが広がっている。
子供部屋には、夜、窓を外から叩くなにかがいた。そういう時にカーテンを開けると、白く長いなにかが、びゅるんと暗闇へ消えていく。
そういうものを見かけることがあった。
洗面所では、排水口の奥から人の忍び笑いが聞こえた。詰まりのせいかと掃除をしても止むことはなかった。
寝室では、天井裏をざりざりとなにかが這い回った。確かめてみても、なにもいない。ただ、埃に混じって剥がれた人の爪のようなものがいくつか落ちていた。
玄関には、雨も降っていないのに濡れた足裏がよくあった。裸足の足跡には、左の小指がなかった。
仏間では、仏壇の花がむしられた。開いた花だけがむしられ、畳の上にばらまかれた。だから、生花は飾れなかった。
居間には鏡が置けなかった。置いておくと、決まって割れるからだ。それも粉々に、徹底して砕かれている。
トイレでは、ごおーっという地下鉄の音のようなものを聞いた。時々、その音ともに、ふっと焦げるような匂いがすることもあった。
庭には、雨の日になると不審な影が立った。家の中から庭を見ると居るのだが、庭にいるものには見えない。そういうものが立ってた。
彼女は、その家には五歳までしか住んでいなかった。それでも、覚えている限りでこれだけの異常があった。自分の知らない、覚えていない異常も多くあっただろう、と彼女は言う。
「なんであんな家に住んでたの?って、親に聞いてみたことがあるんだけど」
彼女の実家は、少なくとも彼女の曽祖父の代から住み続けていた。それだけ長い間、異常だらけの家に住み続けた理由はなんだったのか。彼女は両親に聞いてみたのだという。
「なんて言ってた?」
「いや、それがね……」
彼女は困惑した顔で教えてくれた。
「おかしなことが起きるようになったのは、私が生まれてからだって」
実家の異常は、彼女が生まれたのをきっかけに起き始めたことだった。
一家は、彼女が六歳になる少し前に転居した。新しい家では、なんの異常も起きなかった。彼女が家を出て一人暮らしを始めた先でも、おかしなことは起きていない。
後にも先にも、異常が起きたのはあの家だけだった。
彼女の生家は、今はもうない。集落自体がなくなり、やがて山に呑まれた。行く道すら残っていないそうだ。
最後に集落を出たのは、彼女の親類にあたる人だった。
その人曰く、彼女の生家は空き家になった後も、たびたび鬼火が飛ぶことがあったという。
今はもう、それらも含めてどうなったのかはわからない。
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