怖い話&不思議な話の投稿掲示板
投稿者「よしきり ◆4lTInXds」 2022/09/02
知人から聞いた話。
知人の家には玄関が二つある。
ひとつは、ドア。ご家庭にある玄関ドアをイメージして貰えばおおむね合っているだろう、普通のドアだ。
もうひとつは引き戸。星のような放射状の模様がある型板ガラスを使った、古い引き戸だ。開け閉めするたびガラガラうるさいという。
ドアが二つあるというと二世帯住宅を想像するが、そうではない。彼女の家は普通の一軒家だ。玄関が二つあるということと、それに付随して変則的な間取りになっている以外、特筆するところはない。
なんでも古い家を壊すとき、祖父母の希望でわざわざ残したらしい。つまり、引き戸のある場所が元々は玄関だったわけだ。それを残して新しい家を建てた。そしてわざわざ新しい玄関も作った。そういうことらしい。
「なんだってまた、そんなことを」
「死んだ人が訪ねてくるからだよ」
彼女が当たり前のようにそう答えるものだから、私は一層混乱した。
曰く。集落で死人が出ると、初七日から四十九日を終えるまでの間に、彼女の家に故人が訪ねてくる。
夜明け頃。あるいは夕方が多いそうだ。
薄暗いなか、がしゃがしゃと引き戸を叩く音がする。
見に行くと、ガラスの向こうに人影がある。型板ガラスなので、細かいところはわからない。ぼんやりとした、人型の影だ。それがじいっと立っている。
ねじ締り錠を回し、引き戸を開ける。
そこには誰もいない。ついさっきまで、人影があったはずなのに。
そういうことが、あるのだそうだ。
「──そのあとは?」
「亡くなった人の家に電話して、来たよーって連絡してたかな」
「なんのために?」
「それは、よくわかんないんだけど」
どうやら彼女の生まれた集落では、死者が彼女の家を訪ねることは、死者を送る一連の手順に含まれているようだ。いや、送られるための手順といったほうが正確か。
死んでから四十九日を終えるまでの間に、彼女の家を訪れることで、迷わず向こうへ旅立てる。
そんな風習というか、思想のようなものを集落全体で共有している。
なにがどうなってそんな話になったのかは、誰も知らない。知らないが、そういう考えがある以上、軽々に玄関を変えるのも気が引ける。古い玄関を残したのは、そういう理由らしい。
「ドアのほうには来ないんだ?」
「そう。なんでか知らないけど、古いほうだけ」
昔は普通の客も死者もそちらに来たから、区別はできなかった。今は、普通の客はドアのほうに来るのでわかりやすいらしい。
「昔は嫌だったなー、お客さんが来るの。おばけかどうか、開けるまでわかんないんだよ」
「別に、なにもないんだろ?」
「ないけど。でも、なんかやだ」
「まあ、わかる」
見えなかろうが、いなかろうが、嫌なものは嫌だ。
たとえ見えなくても、そこにいるかもしれない。
たとえもういなくても、さっきまで確かにそこにいた。
そういうことが思い浮かんで、なんとも嫌な、うすら寒いような気分になる。
そもそも、訪ねてきているのは本当に故人なのだろうか?
開けても誰もいないのなら、その正体は謎のままのはずだ。ただ、昔からそう言われており、実際集落で死者が出たときに現れるから、そうなのだろうと思っている。
実は、まったく無関係な別のなにかである、という可能性が否定できないのでは?
そんなことを考えると、少々寒気がした。
この話に関連して、鍵の話も聞いた。
件の玄関に取り付けられている、ねじ締り錠。これは常にかけておかなくてはならない。幼いころから、彼女は耳にたこができるくらいしつこく、そう言い聞かされたという。
人が来たときだけ開けて、用が済んだらすぐ締める。
開けっ放しにしておいてはいけない。
誰でも開けられるようにしておいてはいけない。
必ず、内の人間が開けるようにしておくこと。
「そうじゃないとね、入ってきちゃうから」
そういう理由だそうだ。
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