怖い話&不思議な話の投稿掲示板
投稿者「とうま ◆xnLOzMnQ」 2022/07/20
またいくらかの時間が経ってしまった。
姉について色々と書き記してきた結果、俺には一つの変化が起きていた。徐々に夢を見るようになったのだ。
昔の夢を。
本当は最初からソコにあったモノ。
ただ、俺が頭のどこかにしまい込んでしまっていたもの。
過ぎてしまった日々を夢に見ながら、続きを記すべきかを悩んでいる。
開けてはいけないかもしれないモノに触れるべきか、このまま深く閉じておくべきなのか。
今年もまた春が来て、過ぎ去ってしまった。
これもまた、閉じておくべき記憶なのかもしれない。
忘れてしまいたいのか、覚えておきたいのか。俺は決める事ができずにいる。
今日は『箱』の話をしようと思う。
春が終わって初夏も過ぎようとしていた、『青い鬼』とまみえてさほど経たない、ある日の話である。
まだ夏になりきる前の蒸し暑い初夏の日。
『青い鬼』の一件からはすでに二週間ほど経とうとしていた。
あれ以来、夢だったんじゃないかと思うぐらい平穏な日が続いていた。姉もいたって普通に、学校と家と図書館とを行き来している。
父も最近は仕事が忙しい様子で、『普通の家族』のような日常を過ごしていた。
俺はというと、学校近くの公園でコノミさんを待っていた。
握った手の中には、『青い鬼』にまつわる怪現象に悩まされていた時にもらった、小さな白い紙の袋があった。
これをコノミさんに返すのが、今日の目的だった。
ずるっ、ぐちゃ、にちゃ、ぎちゅぐじゅ、べたっべたっ。
未だに俺を取り囲んでいたあの足音は忘れられない。
『青い鬼』が姉と関わった事で消え去り、もうアレにー死者たちの足音におびやかされる事が無いとわかっていても、恐怖の記憶とその音は俺の記憶にしっかりと刻み込まれていた。
それでも終わったとわかっているなら、二週間近く過ぎてしまったけれど、このお守りと呼べる白い袋はコノミさんに返すべきだろう。
T君と共に訪れていたあの異常な足音が、コノミさんにこれをもらった途端ぱたりと止んだのだから、悪いモノを寄せ付けない力があるのは俺にだってわかる。もしかしたら貴重なもので、本来ならコノミさんが自分の身を守るものなのかもしれない。
あげると言われていたけれど、ヒトでない恐ろしいモノを退ける力があるお守りをただもらったままでいるのは悪い気がして、俺は姉にコノミさんへ『返したいものがあるから公園で会いたい』と伝言を頼んでいた。
公園に着いてから10分ほど。時計は3時半になろうとしている。
ぼんやりと時計を眺めていると、
「弟くん、こんにちは」
「うわっ」
いつのまにか背後までコノミさんが近づいていた。気配も足音もまるで感じなかったため、俺は飛び上がるほど驚いた。実際体はびくっと跳ねて、大げさに振り向く羽目になった。
「こ、こんにちは」
「驚いた?」
「すごく驚きました」
コノミさんは穏やかに笑んでいる。
あの日とは違って笑顔なのに、あの日と同じようにコノミさんは綺麗な人形めいた不思議な存在感をしていた。
もうほとんど夏の日差しだというのに相変わらず日に焼けた様子もなく、真っ白な肌をしている。さらさらとした黒く長い髪が、時折吹く風に少しだけ揺れていた。
「お守りを返そうと思って」
「お守り?」
「これ、あの時くれたじゃないですか」
俺は手の中にあった白い袋を返そうと、コノミさんに見せる。あぁ、と、今思い出したと言った様子でコノミさんは小さく曖昧に頷いた。
「これがあったから、俺すごく助かりました。ありがとうございました」
差し出したが、コノミさんが受け取る気配は無い。
少し考えるように首を傾げてから、
「弟くんは律義だね。・・・・・・いいよ、返さなくて。それ、お守りじゃないから」
不思議な事を言った。
「え」
「お守りって、大事に思ってくれてありがとう。弟くんがそう思ってくれるなら、ソレはお守りだから。持っててあげて」
「でも、貴重なものなんじゃ」
「弟くんのところでなら貴重なモノでいられるね。だからお願い。持っててもらえるかな」
「・・・・・・はぁ」
なんだか要領を得ない、よくわからない会話になっていた。
お守りではないらしい。
持っててほしいと言われれば、それ以上断る理由も無い。
「じゃあ、もらいます。大事にします」
「うん、よろしくね」
はいと頷いて、俺はポケットに白い袋をしまい込む。何かの粒を包んだ、白い紙の袋。お守りじゃないなら、これはなんなんだろう。
ざあっと急に強い風が吹いて、雲が陰った。
コノミさんは笑っている。人形のように真っ黒な瞳が俺を見ている。
「弟くんはいい子だね」
にわかに雨が振りそうな気配になってきた。
真っ黒な雲がすごい速さで空を流れていく。
ぱらぱらと雨粒が落ちてきた。雨宿りをしないとまずい様子に、俺達は公園の東屋へ向かう。
「世の中には悪い子の方が多いのに」
それは小さな声だった。聞き間違いだったかもしれない。
けれど。
「おい!待てよ嘘つき女!!」
呟かれた言葉を聞き返すより早く、やや低い少年の怒鳴り声が響き渡った。振り返ると、怒りに満ちた表情の男子中学生が立っていた。
どこからか走ってきたのか、少し息が上がっている。
「お前のせいだ!お前のせいだろう!!責任取れよ!!」
怒りも露わに、その男子中学生はこちらに向かって何かを投げつけた。カツン、カラカラっと音を立てて俺達の足元に転がったのは5cmくらいの木の箱に見えた。
煤のような何かで表面が薄汚れている。
一方的に吐き捨て、わめきたてる姿に、コノミさんはすっと表情を消した。
「悪い子」
温度も何も無い無感動な声音は、まるで知らない人のようだった。
ざわざわと鳥肌が立つ。
何か良くない気配がする。
何かが集まって来そうな気配。『青い鬼』の時に感じたのとはまた異質な、でも明らかに不味いモノがいて、それが近づいてきて囲まれるような感覚。
男子中学生は何も感じていない様子で、口汚くわめき続けている。
ゴロゴロと雷が鳴りだした。
「悪い子はどうなると思う?」
誰に問いかけたという感じでもなかった。強いて言えば、宙に向かって話しかけていた。
コノミさんは少し歩いて、投げつけられ転がったままの箱の所へ行くと、それを軽く踏みつけた。
少しずつ、少しずつ、細い足が踏んだ木箱に力をかける。キシ、キシッと箱が軋む音がする。
一息につぶせそうなものを、ゆっくりと、ゆっくりと。
「どうなると思う?」
「やめろ、コノミ」
箱が一際ギシッと音を立てたその時、意外な声が割って入った。
「・・・・・・ゆきちゃん」
「ひとまず、ソレから足をどけろ。とうまの前だぞ、壊してどうする」
降り始めた雨の中、傘をさした姉が近づいてくる。
つかつかと近づいて来た姉は「持ってろ」と俺に畳んだ傘を渡すと、コノミさんに向かってわめき続ける男子中学生に、
「やかましい」
その顔の前でまるで猫だましの様に一発パンッと柏手を打った。
俺達の周りを取り巻いてナニカの気配が、一瞬で離れていく。
「あ・・・・・・俺?あれ・・・・・・」
尋常でなかった様子の男子中学生が、正気に戻ったように目を瞬かせた。
実際正気に戻ったのだろう、自分が今何をしていたのか思い出したのか、みるみる青褪めていく。
雨は本降りになり、雷は激しさを増す。
俺達は否応なしに東屋に退避し、
「やっと捕まえたぞ、K。何をやらかしたか、ようやくじっくり訊けるようで嬉しいよ」
笑顔で激怒した姉と相対することとなったのだった。
「・・・・・・最初は鳥の声が聞こえたんだよ」
東屋の椅子に腰かけて何事かの始まりを待っていると、心底憂鬱そうな声でうめくようにKさんは語り始めた。
「一週間ぐらい前の夜、家の外のどっか遠くから『ホォー、ホォー』って梟?みたいな鳥の声がしたんだよ。俺の家、住宅街にあるのに珍しいなって思って、窓開けて外見たんだ。でもまあ、梟だったとしてそんな簡単に見つかるわけないよな。やっぱり鳥の姿なんかなくてさ、どっかから聞こえてくる鳴き声のことなんか、あっという間に忘れたんだ。その日は」
Kさんの口調は重い。
さっきコノミさんが踏んでいた木箱は、今は東屋のテーブル中央に置かれていた。
土埃が付いたままの箱を姉が拾って、そこに置いた。
「なんか気がつくと聞こえるんだ、その『ホォー』って声。しかもだんだん近づいて来てる。二日くらいはそんな事もあるかって思ってたけど、昼間に学校の中でも聞こえたんだよ。さすがにおかしいだろ?山のそばでもないのに」
鳥の声が聞こえる。それがだんだん近づいてきた。それは確かに変わったことかもしれないけれど、そんなにピリピリするようなことだろうか。
男子中学生があんな風に取り乱すようなことではない気がするが、姉もコノミさんも特に口を挟まずに話を聞いていた。
「どこからそんなもんが聞こえて来てるんだって気になって、声の方にいったらさ、廊下の端に女子が立ってたんだ。ソイツの口から出てきてるんだよ、その『ホォー』って音」
誰もいない廊下に、その女子は立っていたという。
周囲を見回しても誰一人いない。放課後の部活動の時間だったから、たくさんの生徒がいるはずなのに。
夕暮れの校舎、薄暗がりの中。
ぽつんと立つ女生徒と二人きり。
感情の読めない、鳥のような目でじっとKさんを見てくる。
「『ホォーウ、ホー、ホー、ホォーウ』」
すぐ耳元でその鳴き声がして、Kさんは逃げ出したそうだ。
恐怖で思わず振り返った時、女子はまだ遠くに立ったままだった。
「逃げてる間、ずっと俺を見てるってなんでかわかるんだ。夜に家の外からずっと聞こえてた鳥の声が、ソイツの口から出てたんだよ。なんなんだよ、意味わかんねえ」
「人が鳥の声を真似してるんじゃなくて、鳥の声が人の口から出てるのよね。人の喉から出てるのに、人の声じゃないの」
指摘したコノミさんを、Kさんが睨みつけた。
「その女子は知った相手だったのか?」
「・・・・・・」
姉の問いにKさんはうつむいた。知っているということなのだろう。
「相手は誰だ」
「Eっていう女子だよ。同級生の別のクラスのヤツ。一か月ぐらい前に、家まで押しかけてきたすげえ迷惑な女だよ。入学してわりとすぐに告られて断って、でもしつこく何回か告ってきて。断ってもなんべんも続いたから、さすがに迷惑だって言ったら、しばらく姿見なくなったから諦めたと思ってたんだ。そしたらある日いきなり家の前に立ってるんだぜ、勘弁しろって。結局帰ってくれって言っても聞かなくて、母親に見つかって、母親は母親で俺に付きまとってるのかって、めちゃくちゃキレるし、散々だった。最悪」
ストーカーというヤツなんだろうかと、俺はちょっとゾッとした。
よく知らない相手に付きまとわれるのはさすがに怖い。
しかもその女子が、今度はナニカ別の生き物のように鳥の声を発して夜な夜な家の外にいたかもしれないとなると、普通の人間のできることでもなくなってくる。
「アイツなんなんだよ・・・・・・頭おかしいだろ」
人間の形をしていても、人間とは思えないようなナニカ。
「箱はどうやって手に入れた」
「手に入れたっていうより、知らない内にカバンの中に入ってたんだよ。最初はそんなに汚れてなかった。意味わかんねえからゴミ箱に捨てようとしてたら、ソイツが『お守りを捨てるのは良くない』とか言い出すから。霊感女が言うから一応持ってたんだけど」
ソイツとコノミさんを睨む。怒っているような、恨んでいるような、怯えているようななんとも言い難い表情だ。
しかし、嘘つき女呼ばわりの次は霊感女ときた。
中学校でコノミさんはそんな風に呼ばれているんだろうか。
「だって守ろうとしてるんだから、『お守り』でしょう。だから捨てても『戻ってきた』でしょう?」
「お前なんでソレ知ってんだよ!」
Kさんは激高した。立ち上がり、コノミさんに掴みかかろうとしたKさんがガクンとバランスを崩す。
「痛ってえ!なんだ!?」
椅子に戻り、左足の脛辺りを抑えている。
Kさんがズボンをめくって確認すると、そこには脛を挟むようにして赤い点が楕円状に並んでいた。気のせいでなければ、何か所かうっすらと血が滲んでいるように見えた。
コノミさんは無感動な目でそれを眺めている。
まるで当たり前の事が起きただけ、といった感じで。
「箱を捨てた?」
「捨てたよ!捨てたけど、またいつの間にかカバンに入ってた。気持ち悪い、こんなもんお守りなもんか!あの女は相変わらずいつの間にか遠くから俺を見てるし、鳥の声は止まないし!アイツ、俺の鞄を盗んだんだぞ!?それで何しようとしたと思う!?校舎の隅で俺の鞄に火をつけようとしたんだぞ!!どこが守ってるっていうんだよ!?お前が俺に変な事言うからだろう!お前のせいでおかしくなってるんだろう!!」
追い詰められているのだろうけど、Kさんがコノミさんにぶつけたのは言いがかりとしか思えない理不尽な怒りだった。
俺に何ができるわけではないけれど、こういう一方的な八つ当たりは見ていて腹が立った。ましてコノミさんのお守りに助けられた身としては、余計にKさんの言い分が不快だった。
「コノミさんはお守りは大事にした方がいいって教えてくれただけでしょう。捨てたりしたからバチが当たったんじゃないんですか」
「なんだよ、お前。かばってんじゃねーよ。ソイツはなあ、有名なんだよ。霊感があるとか、嘘ばっかいうとか、呪われてるとか。皆に言われてるヤツなんだよ」
「コノミさんは嘘なんかつかないです」
あからさまに不愉快と言った顔で、Kさんが俺を睨む。さぞや俺の事が生意気な小学生に見えたのだろう。
「私の弟にかまうな。それよりK、今は自分の問題だろう。箱はどうやって、どこに捨てたんだ」
「触るのも気持ち悪いから学校のゴミ箱に捨ててやったよ!無くなれば変な事も終わると思ったのに、なんでどんどんおかしくなってくんだ・・・・・・」
苦し気に顔を歪めたKさんは、どんどんと語尾を弱めていった。
「捨てたのは2回、ソレは3箱目だろう。学校にそんなものを捨てるとは、余計な真似ををしてくれる」
姉が東屋の机の上に、2つの木箱を投げた。カツンと音をたてて転がったソレは、すでにあった箱とほとんど同じモノに見えた。
Kさんは恐怖の表情を浮かべ姉と箱との間で、視線をいったりきたりさせていた。
「悪い子」
コノミさんが囁くように呟く。
「同感だ。おかげで余計な被害が学校で出た。お前のせいだぞK」
「箱捨てたぐらいで何だってんだよ」
「反省もしない、悪い子」
「バカにかまうな、コノミ。だが、このままじゃ私達が迷惑だ」
「放っておけばいいのに。少しすれば元通り静かになるでしょう?」
「いつになればおさまるか、はっきりしない」
「いつなのかは、ゆきちゃんわかってるくせに」
「・・・・・・・・・・・・」
コノミさんは立ち上がった。
自分の荷物をまとめると、
「私は悪い子は嫌い。無駄な事も嫌い。だからその子の事は知らない。手を貸そうとするゆきちゃんはもの好きだと思う」
「私もそう思うよ」
姉は肩をすくめた。
「悪意には悪意が還る。恨みには報い。私はアナタの事、どうでもいいけど。助かりたいたいなら、助かる努力は必要。たぶんわからないアナタには無駄だけど」
Kさんに言い残し、コノミさんはそのまま東屋を出て行った。
いつの間にか雨脚は弱まっていて、今は明るい午後の光の中、わずかに雨粒が落ちるだけだった。
離れていく姿を目で追っていると、妙なものが見えた。
コノミさんが歩く道の脇、地面に溜まった水たまりがぴちゃぴちゃと不思議に水しぶきを上げる。
雨粒が水たまりに落ちているにしては、不自然な水の跳ね方をしていた。コノミさんの周囲だけをつかず離れず、取り巻くように移動して見える。
コノミさんが遠ざかり、やがてソレも見えなくなった。
なんだったんだろう、目の錯覚だろうかと俺は首をひねった。
残されたのは俺達三人と、東屋の机に転がった箱が三つ。
「さて、K。助かるには努力が必要だそうだ。お前の努力は、助かるに足りると思うか?」
再び雨足が強くなってきた。
激しい雷が、音もなく空を割る。
あまりに強い稲光が目を焼いて、わずかのあいだ景色が見えなくなった。
「祟られなかった幸運を、まずは感謝するんだな」
再び見えるようになった視界に、信じられないものが映った。
東屋の机に転がった箱が、3つとも真っ黒に焼け焦げていた。煙こそ上がっていないものの、完全に炭化している。
普通の世界は遠く、ここはもう境界の向こう側。
カラ、と黒く焦げた箱の中、ナニカが音をたてた。
「『箱 後編』」に続く
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