怖い話&不思議な話の投稿掲示板
投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2019/02/12
『初詣に行かないか』 と誘ってみた。
彼女は八坂。自称見える人でもある。
返事はすぐに来た。
『行きます☺ 』
日時は年も明けた一月二日。場所は八坂の希望でとある町の神社となった。三が日は中々人で込み合うところだ。八坂は人混みが苦手で、もっと静かな神社にしてはどうかと提案もしたが、そこがいいのだそうだ。年に一度のイベントであるし、加えて神社には彼女の苦手な『怖げなモノ』 があまり居ないそうだ。
神社にはいくつかの謂れがあり、その内の一つに、御神籤が良く当たる、というものがある。彼女の目的もそれかもしれない。
というわけで、拝みに行くことにした。
大晦日と元旦を実家で過ごし、二日の早朝。そのままアパートに戻る旨を告げ愛車のカブにて出発した。
ほの暗く薄青い街に朝霧が掛かっている。
神社は自分の実家から一時間ほど走った町の線路が並行した国道沿いにある。目的地に近づいてくると、両側の歩道におそらく参拝客だろう人々の姿が目につき出した。
ここの神社は夏の祭りでもそこそこ有名だ。普段のひと気はまばらだが、正月と夏で一年に二度賑わうのだそうだ。
国道を曲がり踏切を越える。石造りの鳥居と、両側に大きな杉の木が並ぶ参道。すでに多くの人で賑わっている。
駐輪場にカブを停める。待ち合わせ場所は近くのバス停。しばらく待っているとバスがやって来て、幾人かの参拝客と一緒に八坂が降りてきた。
「明けましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
とりあえず新年の挨拶を交わす。
「今日は、実家から?」
「あ、はい。そうなんです。みんな集まって、すごい大騒ぎでした」
「抜けて来てよかったのか」
「今日はみんな飲みつぶれてますから、大丈夫です」
「そうか」
ちなみに彼女は、いくらでも酒を通すという意味で、ザルである。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
人混みの中、鳥居をくぐり杉の木に挟まれた境内を歩く。
大勢が砂利を踏む音。文字通り人の海、いや規模的には人の川か。八坂が流されそうになっていたので、手を引いて進む。
彼女には話していないし、知っているかどうかは分からないが、この神社には『神隠し』 の謂れがある。さすがに近年は聞かないが、過去何人もの人間がここで姿を消しているのだそうだ。
何時頃までか、神隠しは現在よりもはるかに実感のこもった言葉だった。人が忽然と消えるのは、神の仕業だと。
神隠しが起こると、集落の者が総出で探しに出る。その際、捜索者たちは必ず二人以上で行動し、互いの身体を縄などで繋いだ。二次被害を防ぐため、これ以上神隠しに遭わないためだ。
隠された者たちは、そのまま行方の知れない者も、数日後はるか遠くの山で死体で発見される者も、その間の記憶を無くしたままひょっこり戻ってくる者も居たそうだ。共通点は、最後の目撃されたのがこの神社だったということ。
ここは縁切り、縁結びの神社だ。それを考えれば、神隠しとは現世との縁切り、神との縁結びとも言えるだろうか。
拝殿も前の広場も、人でごった返していた。
新たな年を迎え、ほとんどの者は晴れ晴れとした顔をしている。家族連れ、老夫婦、団体、カップルと客層は様々。参拝したり、お守りや御神籤を買ったり、写真を撮ったり、はぐれたらしい誰かを探していたり。
喧騒の中、女性の声が響く。●●ちゃん。どうやら母親が子供を探しているようだ。
「……迷子ですかね」
「みたいだな」
居なくなって時間が経っているのか。声にも表情にも焦りが見える。その内父親らしき人物が走って来て、「向こうにはおらん」 と告げた。
隣で、八坂が少し不安げな顔をしている。
神社にまつわる神隠しの話が浮かんだが、もちろん口には出さない。
「こういう場所だと子供は興奮するから。頭が冷えたら、出てくるよ」
「はい……」
これだけの人出だ。一人で泣いている小さな子供でも居れば、おせっかいな人が確保してくれるだろう。三が日とあってか、神社の周囲には警備員の姿もある。
現代では、神隠しなど滅多に起こるものではない。
目の前の団体客が参拝を終え、拝殿の前に立つ。
賽銭を投げ入れ、八坂ががらがらと鈴を鳴らし、頭を下げ手を鳴らす。
二度手を打ち軽く目を閉じながら、ふと思った。
今日のこの場合、自分は何を祈願すればいいのだろうか。
通常なら新年の無事と平安、抱負等だろうが、ここは縁を司る神を祀っている神社である。関連した願いの方が良いだろうか。また祈願とは、あまり私利私欲を前面に出しても駄目なものだ。
隣の八坂は目を閉じ真剣に祈っている。
色々考えて、結局無難な願いにしておいた。
今更だが、今日は自分にとって人生初の初詣だった。いや、神社自体は初めてではないので、厳密に言えば初詣も初めてではない。ややこしいがとにかく正月早々に来るのは初めてだ。
参拝を終え、拝殿の前から離れる。
八坂に何を祈ったのか訊こうかと思ったが、訊き返されるかもしれないので止めておいた。代わりに、御神籤でも引こうかと言いかけた時。
彼女が拝殿の方を振り返り、そのまま固まった。
「あ……」
口から音が滑り落ちる。表情からして、何かを見たのか。視線を辿ると拝殿の左奥、注連縄が巻かれた杉の大木の方を見ているようだ。自分の目には、それ以外のものは映っていない。
「八坂」
声を掛けると、我に返ったらしい。
「あの、」
彼女が御神木を指さした。
「少しだけ、あの木の辺りに行ってみませんか」
「うん」
質問は後にしておく。彼女が何かを見たのは間違いない。ただその反応からして、彼女の苦手なモノではないようだ。
二人で拝殿脇の杉の木に向かって歩く。
「あの、たぶん、私の思い込みで、何もないとは思うんですけど……」
「ほう」
御神木の傍らに立つ。境内の中で一番の古株では無いだろうか。幹や枝もそうだが、根が特徴的で地面にのたうつように這い広がっている。
八坂が一度木を見上げた。そうして、そろりそろりと裏側に回りこむ。
そこで、何かを見つけたようだ。
見ると小さな、四、五歳くらいの子供が、木の根と根の間にしゃがみ込んでいた。こちらを気にも留めず、じっと何かを眺めている。
うろだ。
根元にある、木の洞を見ているらしい。
「もしかして、ぼく、●●くん?」
八坂が傍らにしゃがみ込み、子供に話しかける。
反応は無い。
「お母さんとお父さんは?」
また反応なし。まるで人形の様だ。
「……田場さん。ちょっとここでこの子のこと見ててください」
「分かった」
彼女が広場の方へと戻っていく。おそらく、先ほど子供を探していたあの夫婦を呼びに行ったのだろう。ということは、この子がその迷子なのか。
八坂は一体、何を見たのだろう。
子供は微動だにせず、洞の中を覗きこんでいる。後ろから見てみたが、ただの洞だ。
「何か居るのか?」
訊くと、まったく動かなかった子供がちらりとこちらを見やった。
深々と黒い、射抜くような瞳だ。
その小さな指が、ゆっくりと洞の中を指さす。
「……そうか」
子供が、声も無く笑った。
その後すぐに八坂が両親を連れてきた。年齢や服装を告げるとビンゴだったそうで、母親がほとんど泣きながら子供を抱きしめた。父親はそれを黙って見やり、子供は終始無表情だった。
「見つかってよかったな」
「はい」
親子と別れ、相変わらず人の多い参道を戻る。この後はどこかで昼飯でも食べようかという話になっていた。
「あの時、何が見えたんだ?」
気になったので訊いてみた。
「え?」
少なくとも、拝殿の位置から子供は見えないはずだった。
彼女が少し俯く。
「あの……、」
「うん」
「光が、さしたんです」
「光」
「お参りが終わった後に、御神木の方から一瞬だけ、光の筋が……」
「木漏れ日か」
「はい」
「見たのは、それだけ?」
「はい」
光が、子供の位置を指し示した。
啓示。
そんな二文字が思い浮かぶ。しかし、だとしても疑問が残る。
「直感だったのか」
「え?」
「いや、光が見えたとして、よく、迷子の子供と結び付いたなと思って」
すると彼女がさらに俯いた。
顔が、赤くなっている。
「あの……、お参りのすぐ後だったので……」
「ん?」
「お、お願いをした、直後でしたから……」
「ああ、なるほど」
合点がいった。
だから彼女は一瞬だけ見えた光の筋を、『それ』 だと感じたのだ。
ここは縁結びの神社だ。そういった小さな縁も結ぶのだろう。
「それは、良かった」
「……はい」
彼女がこちらを見やり、恥ずかしそうに笑った。
ちなみにあの日、二人とも御神籤を引いたのだが。八坂が引いた紙には何も書かれていなかった。
印刷ミスか、もしくは文字が神隠しにでも遭ったのか。
引き直すかと訊くと、このままでいい、と彼女は言った。
自分が引くと、『吉』 と書かれた紙が出てきた。
微妙だが、凶じゃなかっただけマシか。
「この字……」
「ん?」
「お隣のヨシさんですね」
不吉なので、おみくじ掛けにきつく結び付けておいた。
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