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投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2018/12/28
『ごとごと岩』 と呼ばれる岩がある。
市街地から車で約二十分。平成の大合併で市に吸収された小さな山村の片隅に、その岩はある。
高さは人の背丈ほどのずんぐりむっくりした大岩で。山の斜面から突き出た崖の先端に不自然な形で乗っかっており、押すと前後にごとごと揺れる。だから、ごとごと岩。
ただいくら力を込めても、揺れはするがその場からは動かない。落とせそうだが、決して『落ちない』 そうした特徴から、合格・当選祈願をしに受験生や政治家がやって来るのだそうだ。
そのごとごと岩が、最近、落ちたらしい。
というわけで、見に行くことにした。
何の予定も無い日曜の朝のこと。
居間には昨夜の宴会の残骸と、酔い潰れて結局泊まることになった二人分の死骸が転がっている。先日、小さな頃から趣味かライフワークとしている単騎での心霊スポット巡りから帰った際、すでに酔っぱらっていた奴らにアポも無く突撃され、仕方なく部屋とつまみを提供する羽目になったのだった。
本当は、二人の他にもう一人居たのだが、彼だけは飲んでいる最中も恐縮そうにしていて、夜も更けない内に帰って行った。それが普通の感覚だろうと思う。
台所で味噌汁を温めていると、転がっていた死骸の一体がむくりと起き上がった。
「あ、おはようござぁす」
起きたのは大学後輩の銀橋だ。もう一人、同じアパートの隣に住ヨシは、未だ貸してやった寝袋の中に頭まで突っ込み眠れる青芋虫と化している。
「先輩、早起きすね」
銀橋が言った。こいつは三人の中では一番酒に弱いが、次の日に酒が残るということが一切無い。
「出かけるつもりだったからな」
「コンビニすか」
「いや」
「あー、なるほど。今日はどこ行ってくるんすか」
若干訳知り気味に、銀橋が言った。
「ごとごと岩」
「昨日もナントカ岩じゃなかったすか?」
「別の岩だな」
「どんな岩なんです?」
味噌汁と、凍らしておいたにぎりを解凍して出してやりながら、興味津々な後輩にごとごと岩の概要を説明してやった。
「落ちたんすか」
「つい最近な」
「駄目じゃないすか」
「そうだな」
「誰かが突き落としたんですかね」
「人間が転がせる重さじゃないらしいがな」
「ふーん。あ、味噌汁いただきます」
にぎりを齧り味噌汁をすすり、銀橋が何か考えている。
「その岩ってここから近いんすか」
「カブなら三十分くらいかな」
「僕も付いてっていいすか」
「駄目だ」
「じゃあ勝手に付いてっていいすか」
「嫌だ」
「じゃあ今日、個人的にごとごと岩を見に行っていいすか」
「……」
「いいすか」
「……」
普段心霊スポットやそういう場所に行く時は、基本的に一人で行く。現地で何かに出会うのは仕方がないが、一人でないと味わえない雰囲気というものもある。
ただ今回の場所は、何かが出る、という話があるわけでもない。決して落ちないはずの岩が落ちた。というワードに惹かれ、ちょっと見に行こうとしているだけだ。
「……今回だけだ」
「さすが先輩」
というわけで、未だ熟睡中の芋虫は置き去りに、今回は後輩が付いてくることになった。
朝食後、自分はカブで、後輩はロードバイクで大学近くのぼろアパートを出発した。
市街地を抜けて北へ。
自分の後ろを銀橋が付いてくる。彼のロードバイクは前にカゴが付いており、(自分で取り付けたらしい)そこまで本格的なものではなさそうだが、意外と速く、速度はそこまで気にならかった。さすがに登り坂はしんどそうだったが。
冬の朝日を浴びながら、川を遡り小さなダムを越え細いぐねぐねとした道をしばらく走ると、道の脇に『ごとごと岩』 の看板が出てきた。
カブと自転車を停め、杉林の中、木段が据えられた山道を上る。途中で分かれ道があり、上れば『ごとごと岩』 下ると『天狗の滝』 に出るらしい。
「そう言えば、ごとごと岩は天狗が置いて行ったんじゃないかって話もあるな」
「マジっすか、天狗の仕業すか」
時間もあるので、帰りに滝にも寄っていくことにした。
分かれ道を過ぎ、木道をもうしばらく進むと平たい大岩の上に出た。岩の上には賽銭箱とお堂、その横に『ごとごと岩』 の説明看板が立てられている。
「ここだな」
「ここすか」
もちろん、『ごとごと岩』 は影も形も無い。
岩場の縁、一ヶ所だけ明らかに色が違う部分があり、おそらくそこに岩が乗っていたのだろう。下を覗くと、一筋の巨大な石が草木をなぎ倒し転がり下った跡が見えた。岩自体は見えない。聞いたところによると、岩は斜面と谷底の沢を下り落ち、かなり長いこと転がった末、別の大岩にぶつかって真っ二つに割れたらしい。
「先輩先輩、ごとごと岩って重さ五トンあったそうすよ」
背後で、説明看板を見ながら後輩が言う。
「洒落ですかね」
「誰の洒落だ」
「天狗すか?」
「訊くなよ」
銀橋が隣にやって来て、同じように岩の転がった跡を見やった。岩場の縁から斜面までは五メーターほどだろうか。斜面も急で、確かによほどうまく着地するか木にでもぶつからない限り、随分下まで転がり落ちてしまうだろう。
「別に、土台の岩が欠けて、それで落ちたって感じでも無いすね」
銀橋が言った。
「そうだな」
「お相撲さんが百人ぐらいやって来て、一斉にどすこいしたんすかね」
「……百人で押せるほど大きい岩でもないだろ」
「そうすね」
事前に写真で確認したところでは、一方方向に押す場合詰めに詰めて六、七人が限度だろう。そのくらいの大きさだった。また、岩には太い注連縄が掛けられていて、隣のお堂もそうだが、地元からは御神体として祀られていたようだ。
「重さに耐えられなくなって、自分から降りたのかもな」
言うと、銀橋が不思議そうにこちらを見やった。
「落ちない岩だの、縁起がいいだので、大勢にすがられてただろうからな」
「つまり、重い重いみんなの想いに耐え切れずってことすか」
「おい」
「はい」
「お前、最近ヨシに似て来たぞ」
「うわぁ、それは嫌だなぁ」
「……まあ、絶対落ちない岩とは言っても、人に押されるたびに少しずつ削れたり、ズレていったんだろう」
隣りで後輩がふんふんと頷いている。
「もし下に家があってぶち当たってたら、祟りってことになったんすかね」
「ここのは元々御神体だからな。祟りじゃなく、なんだかんだ理由をつけられて罰が当たったってことになってたかもな」
「ふーん」
例え何があっても信じぬく。信仰とはそういうモノだろうと、勝手に考えている。
「ちょっと思ったんですけど。神様って、ひょっとして夏休みのプール監視員みたいなもんなんすかね」
「……何だそりゃ」
「いや、何となく思っただけです。特に深い意味は無いす」
そうして、ふと何かに気付いたように、銀橋がこちらを見やる。
「先輩先輩」
「ん」
「押してみていいすか」
「何を」
「先輩を」
発言が衝撃的すぎて、すぐに返事が出来なかった。
「……押してどうするんだ」
「いや、なんか、先輩押しても落ちそうにないんで」
「普通に落ちるだろ」
「そうすか?」
「そうだろ」
「そうすか。残念」
隣で後輩がふんふんと頷いている。
「……お前だって、押されたら落ちるだろ」
「押した人によります」
誰が押したらどうなるとは、訊けなかった。
「何か、神崎さんも、落ちなさそうなんすよね。試したことないですけど」
神崎とは、銀橋の彼女だ。
「……試そうと思ったことは、あるのか」
「冗談でもそんなことしたらぶん殴られてケンカになるんで、無いす」
それから銀橋は共通の知人友人について、『もし崖から押したら、どうなるか』 を語った。それはもちろん後輩の偏見と独断にまみれていたが、その人物評は、中には頷ける部分もあった。頷きはしないが。
「……お前は、人のことそういう風に見てるのか」
「いつもじゃないす。それに先輩なら、こんな話しても動じませんし」
それは信頼されているのか、馬鹿にされているのか。
ひょっとして、ここから落ちた岩とかけているのか。
訊いてみようかとも思ったが、何となく馬鹿らしくなってやめた。
「落ちるとか落とすとか、酔っぱらっても人には言うなよ」
「そうすね」
隣りで後輩がふんふんと頷いた。
「あ。でも、ヨっさんは押したら落ちますね」
『ごとごと岩』 のあった場所を離れ山道を下りながら、突然、思い出したように銀橋が言った。
「めっちゃ叫びながら、きりもみ回転で落ちますね」
「あー」
その様子は、いとも簡単に想像することが出来た。
「そんで坂もめっちゃ転がって」
「あー」
「で、絶対死なない」
「あー」
奴の現在を思い浮かべる。
銀橋とは違い、ヨシは酒が次の日に残る方だ。時刻はもう昼前だが、おそらく他人の家で他人の寝袋にくるまったまま、未だ青芋虫のように身体を丸めているだろう。
「オチの塊のような奴だからな」
隣で後輩がふんふんと頷き、次の瞬間、「ぶふんっ」 と噴き出した。
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