怖い話&不思議な話の投稿掲示板
投稿者「茉莉花 ◆YKNRA59o」 2018/12/23
半年ほど前、職場で体験した話だ。
私は特別養護老人ホームに勤めているのだが、介護の仕事に休日は関係ない。世間が休みの日に働くというのはなんとも切ない気分になるが、その分平日に休みがもらえるので、どっこいどっこいという感じだ。
その日も日曜日だった。昼食後、利用者の大半が落ち着いてゆっくりと過ごす時間を見計らい、私はたまっていた事務仕事を片付けることにした。利用者の家族へ送付する行事案内の書類が、中身はできていたものの印刷がまだだったのだ。
現場には、パソコンはあるがそれをプリントアウトするものがなく、もう一人の職員に断りを入れて、私はコピー機のある総務課へと向かった。
総務課ではいつも数名の事務員が賑やかに作業しているのだが、休日は電話番として一人しか出勤しない。その日の出勤は、その年入社したばかりのAさんだった。
「休みの日は、一人だから寂しくない?」
「そうなんです。でも、たまった仕事ははかどるかな」
「どこも大変よねぇ」
そんな軽口を叩きながらコピー機を操作する。枚数を設定すると、やがて規則正しい音をたて始めた。
ぼんやりとその音に耳を傾けていると、ふと、何か違う音がしているのに気がついた。
か細いけれど甲高く、やけに鼓膜を刺激する音だった。火災報知機や家電のエラー音に似ていたが、それよりもずっと鈴に近い音。なんとなく、お守りについている安っぽい小さな鈴を降り続けているのを想像した。
はじめは、コピー機の調子が悪いのかなとそっと耳を近づけてみたが、そうではないようだった。ではどこから、とキョロキョロするうちに、室内の隅にある扉が半分開いているのに気がついた。その扉の向こうは、物置のはずだ。
鈴のような音は、その扉の中から聞こえていた。
印刷が終わり、コピー機は静かになった。しかし、もう一つの音はまだなり続けている。静かな室内に響く甲高い音は、かなり異質で耳障りだった。
ふいに、背筋がぞくりとした。
なんの根拠もないのだが、何か悪いものが近づいてくるような、この鈴のような音は、そのことを警告しているような気がしたのだ。
「あの、変な音してない?」
私は、何を気にする風でもなくパソコンを使っているAさんにそう声をかけた。
「鈴みたいな音…」
自分の変な想像を振り払うためでもあるし、Aさんがあまりに平然としているので、もしやこの音が聞こえているのは私だけなのかと、不安に思ったからでもあった。
すると、Aさんはなんでもないことのように「ああ」と、ちらりと物置の方を見た。
「あの音、ちょくちょくこんな風になり出すんですよ。なんの音なのかわかんないんですけど」
「わかんないの?」
「はい。一回、先輩たちと音の出所を探したんですけど、それらしいものは見つからなかったんですよね。物置から聞こえてくるのは確かなんですけど、中に入ると音が変に反響して、細かい場所がわからないんです」
「ちょくちょくって、どれくらい?」
「毎日一回か二回です。でも時間帯はまちまちで、午前中だったり夕方だったり」
「…なんかちょっと、怖くない?」
「もう、慣れちゃって。先輩たちも、鳴ってても全然気にしないんですよ。三分くらいで止まりますし。あ、ほら」
Aさんの言葉を待つように、その音はピタリと止まった。ね、とAさんはこちらを見て笑った。
私はなんとなく気味が悪くて、そそくさと総務課を後にした。
気味が悪かったのは、耳にこびりついたあの鈴のような音だけではなく、あの音がもはや全く気にならないという、Aさんをはじめとする事務職員もだった。
怪物の口の中にいて、そうとは気付いていないような、不気味さと危うさを感じたのだ。
つい先日、総務でまたあの音を聞いてしまった。心なしか、前回よりも音が大きくなったようだった。
「あの音、まだするんだね」
Aさんにそう言うと、彼女はやはりなんでもないように、「そうですね」と頷いた。
頷いたあと、
「でも、なんか鳴る回数が増えてきたかも…?」
と、少し眉をひそめた。
それを聞いて、私の背筋にはまた悪寒が走ったのだった。
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