怖い話&不思議な話の投稿掲示板
投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2018/12/05
『事故の多い急カーブ』 がある。
そのカーブは見通しが悪く、昔から事故の多い場所だったのだが、つい最近も大きな事故があった。バイクが一台横転した際、丁度ガードレールに引っかかったらしく、首が飛んだのだ。
被害者の血で辺りはすさまじい状況だったという。
とはいえ、ここまでなら悲惨ではあるがただの事故と言えるのだが、不可解なのは遺体の発見状況だった。
頭が落ちていた場所は急カーブの中心付近、タイヤ痕やガードレールに付着した血から、そこで首が飛んだのは間違いない。
問題は、首から下の方だ。
胴体が見つかったのは、首が落ちていた場所から急カーブを抜けて、緩い坂道になっている直線をしばらく進んだ先。現場から三百メートル程離れた場所だった。バイクも胴体と同じ場所にあった。
首が飛んだのは急カーブの途中で間違いない。そこから滑ったとしても距離がありすぎるし、車に引き摺られたような痕跡もなかった。目撃者も無し。
警察はひき逃げや接触の可能性も探ったようだが、結局、現場の状態からバイクの単独事故だと結論付けた。
それはまるで、事故後、首の無くなった胴体がバイクを起こし、三百メートル程走ったところで力尽き倒れたような。
急カーブでは、以前にも噂になるような事故があった。
その時は大型トラックとバイクが正面衝突し、被害者の頭がトラックの下敷きになったそうなのだが。引きずり出された男はまだ生きていて、どう考えても機能するはずの無い口で、何事かしゃべったのだと言う。
何かの祟り、または場所にまつわる逸話だとか、そういった話は聞かない。
ただ妙に、妙な事故の多い場所ではある。
というわけで、見に行くことにした。
秋も終わりかけた、とある晴れた日のことだった。
その日は休日、大学も休み。いつもより早く朝食を済ませると、そのまま愛車のカブに跨って大学近くのぼろアパートを出発した。
目的の事故現場は市街地から少し離れた場所にある。カブだと二時間といったところだろうか。川沿いの隣県へと繋がる国道を、のんびり走る。
空高く、川を横目に、カブ走る。
絶好のツーリング日和だった。山を越え町に着くまでは民家も信号も無く、川に沿ってうねうねと続くこの道はライダーに人気がある。実際、車とは別に何台ものバイクに追い抜かされた。
もし事故を起こした場合、バイクの死亡率は車の比ではない。その身一つでエンジンに跨っているのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。トラックの通行量が多いことも、死亡事故が多発する一因になっているのではないか。
反対車線の向こう側、川手に沿ったガードレールを見やる。現在時速五十キロほどで走っているのだが、何かの拍子に横転し首が引っかかったとしたら、簡単にちょん切れるだろう。
速度が遅ければ辛うじて首の皮一枚繋がるかもしれないが、言葉の意味に反して、そうなったところで確実に生きてはいまい。
道中、いつもより少しだけ安全運転を意識した。
何度か小休憩を挟みつつ、目的の事故現場に到着したのが八時過ぎだった。緩い下り坂をまっすぐ降りたところに、突然急カーブが待ち構えている。手前には注意喚起の看板や標識がいくつか立っていた。
坂の途中、広くなっている路肩にカブを停めて、歩道を歩いて向かう。
小さな頃から単騎での心霊スポット巡りを趣味かライフワークとしてきた身だが、ここは別に心霊スポットではない。ただ、妙な事故が多発する地帯というだけだ。
しかし今後がどうなるかは誰にも分からない。
急カーブの内側には小さなお堂が建ててあり、中にはこれまた小さな地蔵が三体と、花が供えられていた。
古いお堂で、よく見ると地蔵の一体は頭が三分の一ほど欠けており、もう一体は丸ごと首が無かった。しばらく眺め、また歩き出す。
献花などは持って来ていない。
たまに、人死にのあった場所に嬉々として向かうのはどうか、と言う人がいるが、全く持ってその通りだと思う。自分は人死に自体にはあまり興味は無く、見てみたいのはその先に出るかもしれないモノなのだが。やってること自体は不謹慎極まりない興味本位の野次馬行為なので、仕方がない。
いつか呪われたり祟られたり、バチが当たればいいと思う。誰が祟ったのか、どこのバチが当たったのか分かるようにやってくれれば、なおいい。
上空から見れば死神の鎌のような形をしたカーブ。ガードレールは、一部分だけ新しいものに替えられていた。
ぶらぶら歩きながら、最近あったという事故のことを考える。
人は、首が無くても動けるものなのだろうか。
頭の方は、例えば有名なギロチンの逸話のように、切り離された一瞬くらいは意識があるのではないか。もしも、薄れゆく意識の中、自分の身体が起き上がり、バイクを起こして走り去って行ったら。不謹慎だが、自分なら笑ってしまうかもしれない。
では、身体の方はどうか。
以前、バイト先のバーのマスターに聞いた話がある。
彼が子供だった頃、祖父母の家に泊まりに行った時、祖父が飼っていた鶏を夕食に出してくれたことがあったそうだ。その際、祖父は暴れる鶏の首を掴み台に乗せると、その首をナタですとんと落とした。
首の無くなった鶏はその後、少しの間その場を歩き回り、最後に落とされた自分の頭を『見て』 ぱたりと倒れたという。
それに、一部の虫などは発達した神経が脳の代わりをすることもあるそうだ。
鶏や虫だってそうなのだ。人間だって首なしで動いたとしても不思議はない。かもしれない。
前方から一台、スポーツタイプのバイクがやって来て、かなりのスピードでカーブを曲がっていった。もちろん、首はちゃんとある。
まだここは心霊スポットではないので、期待はしていないが、ひょっとしたら自分が首無しライダー目撃者第一号にならないとも限らない。
それからも何台かバイクが走り去って行ったが、誰も頭を無くしてはいなかった。
体感で三百メーターほど歩いてから、カブを停めた場所へと引き返そうと踵を返す。
その時だった。
摩擦音と、衝撃音。
すぐ事故があったのだと分かった。
同時に、首の無い死体のイメージが頭をよぎる。
急カーブまで走って戻ると、一台の軽自動車が対向車線をはみ出しガードレールに衝突していた。傍らには、一台のバイクが倒れている。バイクは先ほど自分の横を通り過ぎたものだ。
辺りには細かい部品が散乱し、自動車は右前が軽くひしゃげていた。
ライダースーツの男が、軽自動車のドア越しに中の運転手と何事か話している。
生きている。頭もある。一瞬、傍らに転がるヘルメットが目に入ったが、幸い中身は空だった。
バイクの男が強い口調で詰め寄っている。
「とにかく、警察に連絡するからな」
軽自動車の運転手は、運転席から外に出てこようとしない。
とりあえず、バイクの男に怪我は無いかと訊くと、彼は車から離れ、「大したことは無い」 と言った。軽自動車の方も、今のところ怪我は無いようだ。聞けば、バイクと車がぶつかったわけではなく、先に軽自動車がガードレールに衝突し、バイクはそれに巻き込まれた形だったようだ。
「あれは、飲酒だな」
男が軽自動車を振り返り、苦々しくそう言った。
事故からしばらくして警察がやって来た。
その時になって初めて運転手が車から出てきた。痩せた中年の男で、赤くなっているのか青ざめているのかよく分からない顔色をしている。警察の問いには、ぼそぼそと小声で返していた。
自分は目撃者として見たまま聞いたままと、今後何かあった場合は証言すると旨を伝え、一足早く家路に着いた。
帰りは行きよりもさらに安全運転を心掛けた。
その後、無事大学近くのぼろアパートに帰りつき、夕刻。いつもの様に隣部屋のヨシが、酒とつまみを持ってやって来た。
「よー、お前また行ってきたろ」
訳知り顔で奴が言う。仕方がないので、酒のつまみに今日の話をしてやった。
「……事故とかマジか。しかも飲酒運転かよ」
「どうだろうな」
「大変だったなそりゃ」
「まあ」
「昨日金曜だし、朝まで飲んでて、まだ酒が残ってたのかね」
「さあ」
「おい確かめなかったのかよ」
「確かめなかった」
「何でよ」
「興味ない」
すると、奴は呆れたようにこちらを見やった後、ふと腕を組み、何事か考えるような仕草をした。
「おい、その運転手って若かったか?」
「いや。四十くらいじゃないか」
「ずっと車から出てこなかったのか」
「警察が呼ぶまではな」
ヨシが組んだ腕をほどき、「まあ、最近厳しいからなぁ」 と言った。
「何が?」
「その車の運転手が本当に飲酒だったとしたら、」
言いながら、自分の首を手刀で切り落とす真似をして、
「たぶん、これだな」
「ほう」
なるほど。確かに勤め人ならば、首が飛ぶ事案だろう。
「本人からしたら、やっちまったというか、生きた心地がしないというか、生きた屍状態だったのかもなー」
それから奴は、ビールにちびりと口をつけ、美味そうに一つ息を吐くと、
「酒は怖いねぇ」
そう言って、うつむき隠すように。奴にしては珍しいやり方で、笑った。
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