怖い話&不思議な話の投稿掲示板
投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2018/10/22
『特に何の変哲もない砂場』 がある。
文字通り、何の変哲もないただの砂場だ。
十数年前。自分がまだ小学校低学年だった頃、趣味で砂鉄を集めていた。
採集現場は自宅近くの公園の砂場。学校が終わるといの一番砂場まで直行し、愛用の某磁石を突っ込みかき混ぜ、付着した土を家に持ち帰ってはさらに純粋な砂鉄と土砂により分ける。
一度に集められる量はほんの僅かだが、ちりも積もれば山となる。
集めた砂鉄は透明な虫かごの中に保管し、外から磁石を近づけてぞわぞわ逆立つのを眺めたり、ガチャガチャの空きカプセルの中に詰め込み様々な角度から観察して楽しんだりしていた。
砂鉄の他にも砂場には様々なものが落ちていて、そうしたゴミやがらくたも一緒に持ち帰っては戸棚に並べ飾った。偶然磁石にひっついてきた赤錆びて曲りくねった釘には『みみず』 と名付け、ぴかぴか光る銀色のナットは長いこと一番の宝物だった。
当時、友達は普通に居たが砂鉄集めに付き合ってくれる奇特な子はおらず、しかし別にそれが苦になるわけでもなく、放課後の大部分は一人砂場で過ごしていた。
というわけで、その日も砂場にやって来た。
いつもの様に同年代の子供たちが他の遊びをする中、運動場の隅で、赤い塗装が剥げてどちらの側も黒くなった棒磁石を砂場につっこんで付着物を集めていた時のことだ。
ふと、こちらを見つめる人物がいることに気が付いた。
見知った顔。同じ学校の四つ上のクラスに通う男子生徒だ。
彼はつい最近こちらに転校して来たばかりだった。周りの話によると大人しい子だが、あまりクラスには馴染めていないようで。直接話したことはなかったが、何やら良くない噂を立てられているということは知っていた。
ここには遊びに来たのだろうか。しかし、自分には関係ないことなので再び作業に戻る。磁石に着いた砂を紙袋に移していると、頭の上に影が差した。
いつの間にか、すぐ後ろに転校生が立っていて、こちらの手元をじっと覗き込んでいる。
何か言いたいのだが、言いにくそうな、遠慮しているような、そんな感じだ。
「……やめたほうがいいよ」
小さな、けれど意外にはっきりした声で彼が言った。
主語がなかったせいか、それが自分に向けて発せられたのだと気付くのに時間が掛かった。
「なに?」
訊くと、彼はほんの少し眉をひそめた。
「向こうでみんなと遊ばないの?」
「遊ばない」
「……そう」
その口調も態度もどこか歯切れが悪く。子供心にも理解できた。彼は自分にこの砂場から離れてほしいのだ。しかし、その態度は砂場を独り占めしたいという風でもない。
ハラハラしているというか。何か心配事があるような。
「……砂を、集めてるの?」
「違う。砂鉄」
「ああ、砂鉄……」
「うん」
「それは、ここじゃないと取れない?」
その質問に、しばらく考えて首を横に振った。砂鉄は砂か土さえあればどこでも採れる。
「なら、場所を変えたほうがいいよ」
「なんで?」
その言葉が彼をますます困らせたようだ。しかし何故困るのかが分からないので仕方がない。
「……ここよりも、たくさん採れるところがあるかもしれない」
「ここがいい」
確かにたくさん砂鉄が採れる場所はあるだろう。しかしこの砂場は家からの近さや掘りやすさ、安全性に人の目、他の埋蔵物の可能性など、自分なりにあらゆる場所で試した末のベストプレイスだ。よほどの理由がないと譲れない。
彼が薄く目を閉じて、小さく息を吐いた。
「ここは、危ないから」
目を開けこちらを見やりながら、彼が言った。
砂場が危ない。
爆弾でも埋まっているのだろうか。その日の朝、どこかの学校の敷地内で不発弾が発見されたというニュースを見たばかりだった。
しかし冷静に考えると、この転校生がそんなことを知っているはずがない。
「なんで?」
すると彼は、自分の隣にしゃがみ込み砂場の中央辺りを指さして、
「あそこから、誰かの手が生えてる」
そう言った。
「君を捕まえようとしているみたい。……今は、掴めないようだけど。危ないかもしれないから、ここには近づかないほうがいいよ」
砂場から手が生えている。
もちろんそんなものは見えないし、見たこともない。
目を細め、彼の指差す先をじっと凝視してみたが、やはり何も見えない。
「見えない」
「そう……」
その言葉は、何故か幾分ほっとしたように聞こえた。
「今まで、ここで、見えない誰かに手とか足を掴まれたことはない?」
「ない」
「転んだりしない?」
「しない」
「……君は、よくここで遊ぶの?」
「まいにち」
「毎日……」
そうして彼はしばらく何か考えるような仕草をして、
「何にもない? 何か見たり、怪我をしたりしてない?」
「ない」
彼がじっとこちらを見やる。この人は黒いビー玉みたいな瞳をしているな。そんなことを思う。
そのうち彼が立ち上がり、何か頭についたゴミを落とす時のように、小さく頭を振った。
「それなら、大丈夫だね。ごめん、遊んでる邪魔をして」
そうして、くるりと背を向けて離れて行こうとする。
その腕を捕まえた。
「手ってどんな手?」
砂鉄集めは一時中断だ。
自分には見えない手。それは、こんな風に人を捕まえたりするのだろうか。
彼が振り向き、やはり困ったような顔をした。そうしてひどく言いにくそうに、
「……ごめん、嘘だから」
と言った。
「今までの話は、全部嘘だから」
嘘。砂場から生えている手の話は嘘だったと。
この転校生にはよくない噂がある。それは自分も知っていた。
彼は嘘つきだと。
確かに噂は本当だったようだ。
「うそはだめだ」
「ごめん」
ごめんで済むなら警察はいらない。
掴んだ腕をぐいぐい引っ張る。戸惑いながらも、彼は再び隣に座ってくれた。
「どんな手?」
「……え」
「どんな手?」
「それは、嘘だから」
「うそだ」
「……」
「どんな手?」
しかし、彼はこちらを見たままじっと黙ってしまった。
子供心にもこれでは駄目だなと思い、質問を変えることにする。
「だれの手?」
「……」
「だれの手?」
「……分からないよ」
返事があった。
「とうめいな手?」
「ううん……。いや、うん、そうだね」
言葉を選んでくれているのだろう、少し間があった。
「……僕にとっては透明じゃないけど。君にとっては、透明な手だね」
よく分からない。よく分からないが、やはり嘘だった。彼には見えているのだ。砂場から生える手が。
自分も見てみたい。
ずるい、何故、どうして。当然浮かんだそれらの感情をひょいと脇に押しのけて、只々単純に見てみたくてしょうがなかった。
砂場の中央まで四つん這いでにじり寄る。
彼が小さく声を上げた。構わず、両手を使って砂場をほじくりかえす。
こんなことしても無駄だろうなとは頭の隅で理解していたが、何か動かずにはいられなかったのだ。
両腕が爪の中まで土砂まみれになったところでようやく落ち着き一息つく。もちろん穴から出てきたのは土だけだ。
「見えない」
彼が無言でこちらの手を取り、砂場の外に連れ出す。そうして腕や膝に着いた土を払うのを手伝ってくれた。
「……君は、この砂場で何か見つけて持ち帰ったことはある?」
土砂を払いながら、彼が言った。
「砂鉄」
「うん、そうだね。じゃあ、砂鉄じゃないものを、持って帰ったことはある?」
「ある」
この砂場から掘り出した埋蔵物はすべて机に保管している。
「待ってて」
言うが早いが、近所の自宅に向かって走り出していた。
玄関のカギを開け誰も居ない廊下を駆け抜け自分の机にたどり着く。
砂鉄を集めた虫箱や砂鉄入りガチャガチャカプセル、『みみず』 やナットも、車輪の無いミニカーも首と腕のもげた消しゴム人形も、砂場で掘り出した全てをその辺にあった袋に詰め込み、再び外に飛び出した。
彼はちゃんと砂場で待ってくれていた。
その傍らに走りこむと、持って来たものを彼の前に並べた。
「……すごいね」
長い時間かけて集めたコレクションを前に、彼は目を瞬かせていた。
「これは何?」
「クギのみみず」
「これは?」
「さてつボール」
「これは?」
「変な人形」
そうして彼は、宝物の中から小さな薄茶色をしたものを手に取った。
「……これは?」
「知らない。ぶひん?」
それは長さ二センチ弱ほどの、円筒状の何かだった。拾ったときは折れた木の枝かと思ったのだが、やけに固いし綺麗な形をしていたので気に入り、コレクションに加えることにしたのだ。
「これ……、骨だね」
彼が言った。
「ほね」
「人の、指の骨、かな。図鑑で見た」
「ほね」
「うん」
「白くない」
「ずっと埋まってたからだろうね」
そうして彼は、指の骨を手にしたまま砂場の方を見やり、「そっか、だから指が足りなかったんだ」 と呟いた。
「……ねえ、君」
彼がこちらに向き直る。
「この骨、ここに埋め戻してもいい?」
「うん」
「本当に?」
「いい」
「ありがとう」
それから彼は運動場の隅から背丈ほどの木の枝を拾ってくると、砂場に突き刺しぐりぐりと捩じって細長く深い穴を掘り、指の骨だというその物体を中に落とすと、また土をかぶせて戻した。
「手が消えた」
彼が言った。
幼い自分には何故骨のようなものを戻しただけで手が消えてしまうのか、よく理解できなかったが、「また同じものを見つけても、持ち帰っちゃいけないよ」 と彼が言うので、自分は何やらよくないことをしてしまっていたのだな、ということは分かった。
そうして彼は腰をかがめこちらと目線を合わせ、
「今日のことは、あまり人に喋らないでね」
「なんで?」
「みんなが知って、もし指の骨を掘り出しに来る人が居たら、またあの、『手』 が困ってしまうから」
なるほど。
「わかった」
「約束できる?」
「できる」
すると彼はほんの小さく笑い、
「さっきは、嘘をついて、ごめん」
と言った。
その日から、自分は趣味だった砂鉄集めをぱたりと止めた。その代わり、よく大人に怖い話をせがむようになったり、図書館で怪談本を読みふけったり、放課後学校のトイレに張りこんだりするようになった。
転校生の彼とはその後ちゃんと話すこともなく、半年ほどでまた別の場所に転校していった。
砂場に関しては数年後、道路の拡張工事により公園自体が無くなってしまい、今やあの砂場がどこにあったかすら分からない。
あれから十数年が経った。
その日、趣味かライフワークとしている単騎での心霊スポット巡りを終え、大学近くのぼろアパートに帰ると、玄関前で隣人のヨシと鉢合わせた。
奴はこちらを見やると、いつもの訳知り顔で、
「お前、ホントよく飽きないよなー」
そう言って、何故か心底可笑しそうにげらげら笑った。
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