怖い話&不思議な話の投稿掲示板
投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2018/10/19
海に近い田舎街の田園地帯に『掩体壕』 がある。
掩体壕とは戦時中、爆撃などから航空機を守るために造られた格納庫のことだ。
元々は海軍航空隊の飛行場内にあったのだが、終戦に伴い航空隊は解体。現在元飛行場の大半は県の空港となっており、掩体壕は空港の敷地外、農地として払い下げられた土地に数基だけ残されている。
掩体壕に近づくと、有るはずの無い音が聞こえるそうだ。
飛行機のプロペラ音の様だったという話もあれば、あれは爆発音だったとういう者も、万歳の声が聞こえたという噂もある。
戦争関連の場所や建造物には得てしてそういった話がつきものだが、音だけというのは珍しい。
というわけで、聞きに行くことにした。
その日大学の講義を終え、午後四時過ぎ。愛車のカブに跨って出発した。
目的地は海沿いの空港付近の田園地帯。自分の住む街からだと、約一時間といったところだろうか。
いつの間にか夏は過ぎ、山はまだ緑色だが、風の冷たさや空の薄青さなど所々秋の雰囲気が顔を出し始めている。
小高い山やトンネルをいくつか越えると、眼前にだだっ広い田園地帯が広がった。今は丁度稲刈りの時期だ。すでに刈り取られてすっきりした田と、まだ穂が垂れている田が混在している。
そうした田園風景に囲まれつつ、数キロほど真っ直ぐに伸びる道を空港へと向かって走った。
しばらくすると、いくつかのビニールハウスと電柱と田んぼの向こうに目的の掩体壕が見えた。
高さは五、六メートル、横幅はその三倍といったところか。外見は例えて言うならコンクリートのかまくら。入り口は航空機を格納するためか、凸の形をしている。
この掩体壕は田んぼの真ん中にあるため近づくことはできず、道から眺めるだけだ。
内部には麻袋が積まれていて、どうやら農業用の倉庫として使われているようだ。市のホームページによると、数基残った掩体壕の内、行政が管理しているのは一基だけであとは各地主の所有となっているそうだ。
その周囲や屋根の上には雑草が生えており、戦時中から数十年、爆撃や風雨にさらされ続けた分、劣化や破損も進んでいる。
耳を澄ましてみる。
風の音に虫の声、遠くを走る車の音。それだけだ。やはり、もう少し近づいてみないと駄目なのか。
しばらく眺めてから、その市が管理しているという掩体壕に向かうことにした。
数基ある掩体壕はそれほど離れておらず、五分ほどで目的地に着いた。田んぼの中ではなく、整備された公園の中にそれはあった。
有難いことに、辺りには自分の他に人の気配もない。
目の前のそれは、先ほど見たものと比べて縦横奥行きそれぞれに倍はありそうだ。手入れもされているのか、劣化や破損も少ないように見える。
説明の看板によるとここは大型航空機用で、先ほど見た小さな掩体壕には小型機が収められていたそうだ。
戦時中、ここは航空隊育成のための飛行場であり、練習部隊が日夜訓練に励んでいた。そうして大戦末期、練習部隊はその名だけを変え練習機にて特攻作戦に従事した。
飛行場を飛び立ったものは、機体も人も、全てが戻ることなく海に消えた。
そんな歴史のある場所だ。
掩体壕の中に入ってみる。明かりは無く、周囲のコンクリートが黒く変色しているため思ったよりも薄暗い。中にはいくつかの説明看板と、実際に航空機に使用されていたエンジンがプロペラ付きで展示されていた。
何か聞こえないかと、目を閉じ耳を澄ます。
しばらくの間じっとしていたが、やはり何も聞こえない。空を飛ぶ敵航空機のエンジン音も、爆撃音も人の声も。あるのは風の音だけだ。
びゅう、と強い風が吹き込んできて、思わず目を開ける。内部の形のせいか、壕内で風が渦を巻きごうごうと反響した。
ここは音がこもるのか。
「わ、」
試しに声を出してみる。コンクリートの壁に撥ね返され、微かに響く。
山彦のように返ってくる自分の声を聞きながら、ふと思う。
もしかしたら、噂にある、掩体壕で聞こえる過去の音というのは、戦時中からずっとここでこもり続けている音なのではないか。非現実的な考えだが、この場に立っているとそれも有りうるんじゃないかといった気分になって来る。
微かな音が鼓膜を叩いた。
風の音じゃない。確かに聞こえる。何かの飛行音。遠くからこちらに近づいているのか、音が徐々に強くなる。
ほんの微かだった音は、確かに、益々はっきりと、それは耳をふさぎたくなるほどになり、
轟音。
空気が振動する。深く重い音が何度も何度も反響し、まるで掩体壕自体がきしんでいるような、そんな感覚を覚えた。
何か大きなものが掩体壕のすぐ真上を通過した。
音が段々と小さくなる。
外に出て見上げると、旅客機が一機、薄赤く染まる北東の空へと飛び去ってゆくところだった。
近くの空港から離陸したのだろう。そのまましばらくぼんやりと、小さくなっていく飛行機の影を見送った。
壕の中に居る時は爆撃でも受けているのかと思ったが、外で聞けば、それはただの飛行機のエンジン音だった。
太陽が遠くの山に沈みかけ、夕暮れ。刈り残された稲穂が風に揺れざらりと音を立てる。
辺りも少し寒くなって来たので、帰ることにした。
何も聞こえなかったことは残念だが、仕方がない。
カブに跨り、最後に壕全体が映るように写真を撮った。
調べている内に知ったのだが、戦時中に使用した掩体壕がこういった形で狭い区間にほぼ完全な形で残っているのは、随分珍しいことなのだそうだ。
小さな頃から単騎での心霊スポット巡りを趣味かライフワークとしている身からしても、また戦争を知らない身としても、末永く残しておいてほしいものだ。
そんなことを思いながら、掩体壕を後にした。
陽も完全に落ちた頃。大学近くのぼろアパートに戻ると、いつもの様に隣部屋のヨシが酒とつまみを持ってやって来た。
玄関先にて出迎えてやると、何故か、いつもなら開口一番『また行ってきたのかおまえ』 と訳知り顔で言うはずのヨシが、妙な顔をしている。
「……何か焦げくさくね」
ヨシが言った。
「そうか?」
「んー、いや、焦げ臭い」
「今炒め物火に掛けてるからな」
「焦がしたのか?」
「いや、別に」
「あー、確かにいい匂いもするわ。んー? でも……、んー?」
「何だよ」
「……おまえ今日どこ行って来たの?」
「掩体壕」
「えんたいごう?」
「航空機用の防空壕だな。戦時中に使ってた」
「ふーん……」
「これ以上ごたごたしてると、本当に焦げるぞ」
「あ、おう。ってかお前火の傍から離れんなよー。火事になったらどうすんだ」
「そうだな」
「危機感薄いよなおまえはまったくよー」
ぶつぶつ言いながらいそいそと居間に向かうヨシの背中を眺めつつ、
もし音が残るのなら、匂いも残るだろうか。
そんなことを、ふと思った。
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