怖い話&不思議な話の投稿掲示板
投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2018/09/25
『例年、ムキタケが良く生える倒木』 がある。
とある山奥。舗装された道からガードレールを跨ぎ少し降りたところ。笹とブナが生い茂る場所に大きな倒木が寝ころんでおり、そこに目を見張るほどのムキタケが生えているのだそうだ。
教えてくれたのは、たまにヘルプに入るバイト先のバーのマスターだった。
「今度の日曜、採りに行こうと思うんだけど。田場君も来ない?」
閉店作業をしている際、マスターがちらりと言った。
何でもその日はキノコ採りだけではなく、採ったキノコを現地で鍋にして食べるつもりだと言う。マスターの料理の腕は確かで、店にはそれを目当てに来る客も多い。キノコ汁も彼が作ればさぞ美味いだろう。
というわけで、着いて行くことにした。
九月下旬、朝七時。大学近くのぼろアパートの外で待っていると、見覚えのある車がやって来て傍で停まった。四人乗りの小型普通車で、山道でも河原でもばりばり走れるタイプのものだ。
運転席の窓があいて、マスターが顔を覗かせる。
「待たせたね。今日はよろしく」
「世話になります」
次いで自分の横で、「お世話になりまーす」 と、後輩がぺこりと頭を下げた。
名前は銀橋。先日大学内にて、ふとした折に今日のキノコ狩りのことを話したところ、自分も行きたいと言い出したのだ。何でも現在彼女とケンカ中で暇なのだそうだ。
元々何人か誘ってもいいよと言われていたので、マスター断りを入れて三人で行くことになった。
「ヨっさんも誘えばよかったっすね」
行きの車の中、後部座席から身を乗り出すようにして銀橋が言った。ちなみにヨっさんとは自分と同じアパートに住む隣人のヨシのことだ。
「あいつは今日、二日酔いの予定があるそうだ」
「それって予定に入れるもんなんすか」
マスターが笑う。
「二日酔いだと、今日の道はしんどいからねぇ」
「え、そんなに山奥なんすか?」
「降りてからも、少し歩くからね」
「僕、今日ただの運動靴なんですけど」
「まあ大丈夫だよ。ちょっと汚れるだけだから」
「すべって転げ落ちたりしないすか」
「そんなに急ではないけど。尻もちくらいは、あるかなぁ」
「マジすか」
マスターがまた笑う。この二人は今日が初対面のはずなのだが、物怖じしない後輩の性格が幸いしてか、車内は十分騒がしい。
車は県境の山奥へ。国道から県道、県道から町道へ移る度に、カーブは多く路面は悪く勾配は急になる。標高も随分高くなり、窓の外の景色にも針葉樹より広葉樹が目立つようになって来た。
「ここ」
マスターが、何の目印も無いような路肩に車を停めた。
外に出て山に分け入る準備をする。自分は長靴に軍手にナイフにキノコかご。銀橋も長靴以外は一式持って来ていたようだ。
マスターを先頭にガードレールを跨ぎ越える。
数日前に降った雨の名残か、もしくは山を背に陽が差さないからか。林の中は幾分じめっとしている。
ブナ林にはブナの他、辺り一面に笹が生えていて、笹の海をかき分けるようにして斜面を下る。マスターの言葉通り、笹を踏み越えようとした銀橋が滑って尻もちをついていた。
「ほら、そこの倒木」
笹原を進み、少し開けた場所に出た時だった。前を行くマスターがある方向を指さした。
太いブナの大木が根ごと掘り倒され、斜面に横たわっている。その幹の地面に近い部分に、何か薄茶色のエラのようなものがびっしりと生えていた。
ムキタケの群生だ。三人でも採りきれないほどある。「あまり大きいのはいらないから」 とマスターが言った。人差し指から中指くらいの幅のものが一番おいしいそうだ。
三十分もかからず、キノコかごはあっという間にいっぱいになった。
「こんなものかな。他の人も来るだろうし」
マスターが言った。後で訊くと、自分達とは別の踏み痕があったらしい。
車に戻って荷を積み込み、もう少しだけ山道を奥へ。登山用の駐車場に車を停めた。
ここで鍋をするのだそうだ。
「……昔、君たちくらいの歳だった頃、山で知り合ったおじいさんに野生のマイタケがある場所を教えてもらったことがあってね」
景観の良い駐車場の隅。小さなまな板の上で野菜を切りながら、マスターが語り始めた。
「これは結構すごいことなんだよ。野生のマイタケなんて滅多に見れないし、あってもふつう場所は教えてくれないからね」
「マイタケですか」
銀橋が興味津々といった様子で身を乗り出す。
「その時も、こんな風に鍋したんすか?」
「そうそう。そのおじいさんが世捨て人みたいな人で、電気もガスも水道もない、完全に自給自足の生活をしていてね。北の方を旅している時にその人の噂を聞いて、押しかけて行ったんだ。話を聞いてみたくなってね。三週間くらい、庭先にテント張らさせてもらったなあ」
ちなみにマスターは大学の一年間を棒に振って日本中を旅したことがある。
彼の放浪癖は知っているので自分は驚かないのだが、銀橋がまた目を丸くしていた。
「その時、おじいさんに聞いた話が印象的でね。生き物の死骸に生えるキノコの話なんだけど」
「……そういうの、あるんすか」
「ぼくも聞いただけだから見たことは無いんだけど。色とか形はスーパーで売っている方のエノキに似てて、死骸からひょろひょろ伸びてるそうだよ」
語りながら、沸かしていた鍋に先ほど切った野菜と味噌と豆腐と何かの肉とムキタケを入れて蓋をする。味付けは味噌だけのシンプルな鍋だ。
「不思議なことにね。そのキノコが生えた死骸は、腐らない」
「腐らない?」
「みたいだよ。どころか、他の動物も虫も寄り付かなくなって、長い間その場所に残り続けるって。普通、死骸なんてあっさり食われつくして骨だけになったりするんだけど」
「ミイラみたいになってるんすかね」
「ミイラと言うより、ゾンビかな。腐ってないけど」
「ゾンビ」
「動くそうだから」
本日何度目か、銀橋が目を丸くしている。
「キノコが生えてる間は動かないんだけど。そうそう、キノコって大体生える時期が固定なんだよ。でも、そのキノコは春と秋と冬の間中ずっと生えてて、夏だけはしなびて枯れる。で、枯れている間だけ、」
死骸が動く。
「……死んでるのに、動くんすか」
「きっとキノコが動かしているんだろうね。それか、もしかしたら死んでないのかも。ああ、だから腐らないのかな」
「何で動くんすか」
「さあねぇ。生息しやすい場所を探しているとかかなぁ。一年で山は変わるからね」
コトコトとキノコ汁が煮えている。
「その老人は、実際に見たんですか」
疑問に思ったので、訊いてみた。
「みたいだねぇ」
「動いているところを?」
「さあ、それは聞いてないから。でも、そうなんじゃないかな。結構はっきりと言ってたし」
「伝承とか、地域に伝わる話ではなく?」
「そういう風では無かったなぁ。マイタケの場所と同じように、秘密の話っぽかったよ」
「老人個人の秘密ですか」
「そうだねぇ。自分が生きている間は人に言うな、っていってたしねぇ」
そうして、マスターは静かに笑った。
そうこうしている内にキノコ汁が出来たようだ。蓋を開けると、湯気と一緒に何とも言えない濃い美味そうな匂いが鼻を突いた。
「ああ、そう言えば……。今日入れたのって、猪の肉なんだけど」
キノコ汁を椀によそいながら、マスターが言った。
「あの時、訊いたんだよね。そのキノコが生えてたのって、何の動物ですかって」
「何て答えたんですか」
差し出された椀を受け取る。
「笑って、答えてくれなかったよ」
味噌と素材だけのキノコ汁は、信じられないくらい美味かった。
鍋を綺麗に食べつくし、大学近くのぼろアパートに戻って来たのは、午後五時ごろだった。
残ったムキタケは均等に三等分された。店で出すのかと思っていたら、その予定は無いらしく、ほとんどがマスターママ夫婦の酒のあてになるそうだ。そのレシピもいくつか教えてもらった。
「さすが先輩の師匠すね」
アパート前で降ろしてもらいマスターの車を見送った直後、銀橋が言った。
「師匠ってなんだ」
「ありゃ、料理の師匠じゃないんですか?」
「ああ、なるほど。そうだな」
「怪談話も得意そうでしたし」
「あの人の奥さんが、そういう話が好きだからな」
「あのキノコの話」
「うん」
「絶対人の死体すよね」
「さあ」
話していると、後ろで窓の開く音がした。振り返ると隣人のヨシが呆けた顔でこちらを見ている。
「んー? お前ら今日……。あー、あれだ、何だっけ……、きのこ。そう、キノコ狩りだっけか」
ボサボサの頭を掻きながら、ヨシが言った。寝ぼけているようで、どうやら今起きたらしい。予定通り二日酔いもあったのだろう。
銀橋と顔を見合わせる。その内、目の前の後輩がにまりと笑った。
「ヨっさんヨっさん」
「……んー?」
「今日これから飲めますか?」
「えー……、んー、あー、これからかぁ」
「お土産も、土産話もありますし」
「みやげばなし?」
「動物の死骸に生えるキノコの話す」
そう言って、銀橋は自分のキノコかごから小分けにしたムキタケを取り出してみせた。
「そんで、これを今から先輩がめっちゃうまく料理してくれるそうす」
「死がい? ……きのこ?」
「飲みませんか」
「あー」
いつの間にか自分がつまみを作る流れになっているが。まあ、今日習ったレシピを試してみたい気持ちもあるので、黙っておく。
「うー」
ヨシが唸っている。
そうして奴はこちらを見やり後輩を見やりその手のムキタケをじっと見やり。何を逡巡しているのか知らないがしばらく悩んだ後、両手でがしがしと頭を掻きむしり、
「……のむ」
ひどく弱々しい声で、そう言った。
次の記事:
『土葬』『陰婚』
前の記事:
『誰も使っていない山道』