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投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2018/09/13
『案山子村』 と呼ばれる集落がある。
標高千メートル近い山奥の小さな集落で、人口は三十名ほど。『案山子村』 とはもちろん正式な呼称ではなく、集落のあちらこちらに人間大の案山子が存在していることから、そう呼ばれるようになったそうだ。
案山子は全部住民の手作りで、高齢化と過疎が進む中、転居や死亡等で住民が減る度、その人物をモデルとした案山子を作っていったらしい。そのため案山子には一体一体名前と性格が設定されていて、住民台帳のようにまとめられている。
限界集落が生んだ、人より案山子の方が多く住む集落。
夜には案山子たちが広場に集い、村の今後の施策を話し合ったり、飲み会を開いたり、迷い込んだ観光客を案山子に変えたりしているそうだ。
というわけで、見に行くことにした。
八月中旬、うだるような暑い日のことだった。
朝食を食べ支度を済ませてから、愛車のカブに跨り大学近くのぼろアパートを出発した。
目的の集落は隣県の山の奥の奥。はっきり言ってカブでの日帰りは厳しいものがあったので、今回はテントを担いで行って現地で一泊する予定だ。
厳しい日差しにむき出しの腕を焼かれながら、隣県の僻地に向かってカブを走らせる。道路からは陽炎が立ちのぼり、絶えずセミの鳴き声が追いかけてくる。
途中の道の駅で昼食をとってさらに数時間。県境を越え、曲りくねった山道を行き、秘境感が売りの観光地を通り過ぎさらに山の奥へ。
目的の集落にたどり着いたのが午後三時頃。そうと分かったのは、道端のベンチに人形が二体、座ってこちらを見ていたからだ。片方は来訪者を歓迎するように右手を挙げている。
谷間の小さな集落。道路下には細い川が流れていて、東西南北何処を見渡しても山ばかりだ。
事前情報通り、集落内には様々なタイプの案山子が居た。
畑で鍬を持ち本来の案山子の役割を全うしている者も居れば、古民家の縁側に集団で座って日向ぼっこをしていたり、バス停でバスを待っていたり、風で飛ばされたのかガードレールの向こうの木に引っ掛かっていたり。
同じ容姿の案山子は一体も無く、みな服を着て靴を履き手袋もしており、表情もある。丁寧に作られているのだ。
昔小学校か何かだったらしい集会所の門前にカブを停めた。今日のキャンプ地はここである。事前調査の際に、住民に許可を取り集会所の横にテントを張って一晩過ごした人のブログを見つけていたので、こちらも許可さえもらえば大丈夫だろう。
ちなみに集会所の中にも案山子が居るようだ。ガラス戸の奥に、何体か座っているのが見えた。
住民を探しに、近くの家をいくつか回る。人の住んでいない家が多いようで、何度か案山子に出迎えられた。人を見つけたと思って声を掛けたら案山子だった、ということもあった。
数軒目の家で、ようやく生きた人間に会えた。
ほっかむりにもんぺを履いた老婆で、鎌を手に家の周りに生えた雑草を刈っているようだ。案山子と同じような服装をしているので、遠目には案山子かとも思った。
声を掛けると彼女は振り向き顔を上げ、物珍しそうにこちらを見やった。
別に隠すことでもないので、ここに来た目的を告げ、集会所の横にテントを張っていいかと訊くと、彼女はふんふんと頷き、「なんぼでも」 と言って笑った。地域長にも伝えておいてくれるそうだ。
テント泊の心配が一つなくなったところで、探索に頭を切り替える。集落には住民台帳ならぬ案山子台帳があると聞いていたので、まずはそれを見てみたい。
先程の老婆に訊くと、この道をしばらく歩いた先、元役所近くの小屋に誰でも見れるようにして置いてあるという。
礼を言って、その場を後にした。
小屋はすぐに見つかった。バス停の待合所風の小さな小屋で、中央に机が一つ置いてあり、その周りを囲むように長椅子と十数体の案山子。まるで、机を囲んで議論をしているようだ。
机の上にはケースに入った数冊のノート。これが案山子台帳らしい。取り出して見てみると、一ページに一体ずつ案山子の写真と名前、年齢と制作年数、性格、案山子からの一言が書かれていた。
案山子のモデルはほとんど元集落住民の様だったが、ノートの後半には、『友達と一緒にフィンランドから観光に来た●●ちゃん』 やら、『△△山に登るついでに立ち寄った、登山が趣味の■■さん』 や、『案山子村の噂を聞いて見に来た、大学生の××君』 といった案山子も綴られていた。
一通り閲覧し終わって、ノートを閉じてケースに戻す。今気づいたが、小屋の中のいくつかの案山子がこちらを見つめている。最初からこんなに見られていただろうか。一体ずつ視線を返してから小屋を出た。
時刻は午後五時になろうとしていた。
集会所に戻ると、見覚えのない案山子が二体、カブを停めた傍ら、集会所の門の脇に座っていた。
辺りを見回すが、人の気配はない。来た時はこんなものはなかったはずだ。誰かが置いて行ったのだろうか。
今まで見てきた中では割合小さな案山子で、服装から見てもモデルは子供のようだ。
しばらく眺めてから、一枚だけ写真を撮った。
暗くなる前にテント設置に取りかかる。場所は集会所の横のあまり目立たないところに決めた。ペグを打つのは躊躇われたので、河原に降りて適当な大きさの石を数個持って上り、ロープに結わえた。
テントを立て終え、持って来た即席麺と野菜を茹でて夕食をとる。
食べながら、じわりと陽が陰り薄茜色に染まっていく風景を眺める。緑の匂い。鳥や虫の鳴き声、川のせせらぎ、木々のこすれ、耳元を飛ぶアブの羽音。よく見ると、集会場前の広場の隅、石碑の影に隠れるようにして、一体の案山子がこちらを覗き込んでいた。
黄昏時はあっという間に過ぎ、代わりに闇夜がやって来る。付近には街灯も無く、この暗さは街中では経験できない。無機質な暗さではなく、うごめいているというか。
赤い蚊取り線香と、ガスランタンに火をつける。
雲の無い空にはたくさんの星。
焚火が出来たらよかったのだが。などと思いながらイス代わりの石の上に座り、ただぼんやりとしていた。
どれほど経っただろうか。
暗闇の中、何かの光が見えた。ゆらゆらと揺れながら、こちらに向かってくる。
地面を照らす懐中電灯の光。一つ二つ三つとその光は増え。星の明かりがその『何か』 の輪郭を浮かび上がらせる。
案山子だ。
何体もの案山子が、懐中電灯を手にのそりのそりと近づいてくる。
身体が固まる。これはまさか、噂で聞いた案山子たちの集会なのだろうか。
一番先頭の案山子が目の前までやって来た。
「もうメシは食うたかね」
しゃべった。
よく見ると、数時間前に集会所の近くで出会った老婆だった。相変わらず、案山子そっくりの風貌をしている。あとから来た三人も彼女と同じくらいの年齢の老人だった。
何でも差し入れと、様子を見に来たらしい。
夕飯はもう済ませたと答えたのだが、結局煮物や鮎や炊き込みご飯を、酒と一緒に振る舞われた。
それから夜遅くまで、彼らと色々話をした。
今では二、三十人ほどの小さな集落だが、彼らが若い頃はその十倍以上の人間が住んでいたらしい。ここまで減るのはあっという間だったそうだ。
案山子は、十数年前から住民の一人が作り始めたらしく、今は何人かの案山子の作り手が新しい住民を増やしたり、すぐに破損する案山子の手入れをしているとのことだった。何でも外に出している案山子は劣化が早く、その寿命は長くて三年ほどだという。
「わしらももうおらんなる。役場には案山子を頼むと言うとるんやが、どうやろなぁ」
一人の老人が、しみじみと語った。
夜も更けたところで、老人たちはそれぞれの家に帰って行った。それからしばらく夜を眺めたが、案山子の集会も無いようなので寝ることにした。
振る舞われた酒のおかげか、すぐ眠りに落ちた。
次の日目が覚めると、時刻は九時を過ぎていた。少し寝坊してしまったか。川の水で顔を洗ったあと軽く朝食をとり、テントを片付ける。
荷物をまとめ集会所広場を出ると、入り口に停めてあったカブの上に案山子が跨っていた。
昨日出会った子供の案山子だ。
もう一体が、カブから落ちないようにその身体を支えている。
しばらく眺めてから、辺りを見回す。
道の向こうの電柱の陰に、人影が見えた。隠れているようだ。見つめていると、笑い声と共に二人分の小さな影が逃げて行った。どうやら子供のイタズラだったらしい。
ほっとしたような、残念なような。いや残念か。
とりあえず一枚写真を撮ってから案山子を降ろし、塀にもたれかかるように座らせた。そうしてカブに跨り、昨日であった老婆の家に立ち寄り軽く挨拶をしてから、案山子村を後にした。
夕刻。大学近くのぼろアパートに帰りつくと、いつものように隣部屋のヨシが酒を飲みにやって来た。
「おっすお疲れ。今日はどこだよ?」
訳知り顔に言うので、酒のつまみに今回の旅の話をしてやる。
「あー、知ってる知ってる。カカシ村。この前ドキュメンタリーでやってたとこだろ」
「そうなのか」
「おい見てないのかよ」
「見てない」
「限界集落の取材ってことでさ。村に居た最後の子供が出てって、ホントにじいさんばあさんと案山子しか居なくなったって話だったな」
「ほう」
ヨシが首を捻る。
「……あれ、でもお前が最後に見た人影って、子供だったんだよな」
「たぶんな」
「おかしくね?」
「そうか?」
まあ確かに、先ほどのヨシの話が本当なら、あの集落に子供は居ないはずだ。
「お盆で帰って来てたんだろうな」
言うと、ヨシがこちらをまじまじと見やった。
「何だよ」
「……なるほどなー、お盆で帰って来てたか」
「おかしいか?」
「いやー、何もおかしくはないな。うん」
言いながら、奴は心底可笑しそうにげらげらと笑った。
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