怖い話&不思議な話の投稿掲示板
投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2018/09/10
以前、『八つ坂トンネル』 という心霊スポットで、『自称、見える人』 と出会った。
それからしばらく経った頃の話。
待ち合わせ場所は彼女が住むアパートの近くのバス停だった。
午前十時過ぎ。近くの公園の駐輪場にカブを停めバス停に向かうと、彼女の方が先に着いて待っていた。
近づいてもこちらに気付かない。眠たいのか、バス停のベンチに座ってうとうとしている。
隣に座ると、しばらくしてから小さくあくびをしつつぼんやりとした目でこちらを見やった。
数秒の間。どうやら目が覚めたようだ。
「おはよう」
「お、おはようございます……」
名前は八坂真理。以前訪れた『八つ坂トンネル』 という心霊スポットにて、入り口付近で倒れていた彼女を偶然見つけたのが初遭遇だ。それから何やかんやあって、今日は二人で昼食を食べに行くことになっていた。
「寝不足か?」
「お、起きるのが、早すぎちゃって……」
何か気の利いたことを言おうとしたら、代わりに欠伸が出てきた。
それを、八坂が目を瞬かせながら見ている。
「寝不足、ですか?」
「……昨日、いきなり知り合いがやって来て夜更かししたからかな。起きたのもギリギリだった」
「あの」
「ん?」
「……おはようございます」
「おはよう」
そうこうしている内にバスがやって来た。横向きシートに座り、取り留めもない話をしつつ、窓から差し込む陽の光と車の振動に二人共うとうとしながらバスに揺られる。
降りたのは市の中心のアーケード前。
バスを出たその場で軽く伸びをすると、ようやく眠気も消えたように感じた。
多くの店が立ち並ぶアーケードは休日ということもあってか中々の混み具合だ。
隣を見やると、八坂が俯き気味に若干ふらふらと歩いている。
「まだ、眠たそうだな」
すると彼女は、はっとしたように顔を上げて、
「あ、い、いえ、そういうわけじゃないんですけど。く、くせで……」
「くせ?」
「あの、人の多い場所は、へ、変なものが見えることも多いので……、それで、下を向いて歩くのがくせになっちゃってて……」
「ほう」
彼女は『自称、見える人』 だ。それでいて極度の怖がりで、嫌々赴いた心霊スポットで幽霊を見つけて失神したりもする。
小さい頃から単騎での心霊スポット巡りを趣味かライフワークとしている身からすれば、彼女の体質は羨ましいと思わなくもないが、彼女自身はとにかくそういうモノは見たくない聞きたくない関わりたくないのだそうだ。
「人ごみは苦手?」
「あ、いえ、あの、……はい」
本日向かう予定の店はアーケード内にあり、まだ少し歩く必要がある。
「店を変えようか」
すると、はっとしたように彼女が首を横に振った。
「いえ、あ、お、お店がこの辺りだっていうのは、聞いてましたし。その、だ、大丈夫です」
「そうか?」
「全然問題ないです」
「そうか」
彼女がそう言うのなら仕方がない。しかし、この混雑の中で下を向いて歩くのは危ない。実際何度か、前から来た人とぶつかりそうになっていた。
「前を歩くよ」
彼女の一歩か二歩前に出る。こうすれば視界を遮ることができるし、壁にもなる。
後ろで、彼女が何か言いかけたようだが、黙ってついてきた。
歩きながら、そう言えば、八つ坂トンネルで彼女と初めて出会った時も同じような状況になったな、と思い出す。あの時はこちらの不手際で彼女を失神させてしまったが。それを思えば、よく今日の誘いを受けてくれたものだ。
店は『マロム』 という名のイタリア料理店だ。
ちなみに店を教えてくれたのはアパート隣人のヨシだった。
洒落た店を教えてくれと頼んだら、何を悟ったのか、それから今日までほぼ毎日奴の言う『作戦会議』 に付き合わされる羽目になった。作戦会議といっても、ただうちに来て飲んでいただけだが。
長いアーケードの丁度中心、三階建の建物の二階。細い階段を上った先に看板があった。
カラコロと鳴るベルの付いたドアを開け、中に入る。
木目調の店内にはゆったりとしたBGMと共に落ち着いた雰囲気が流れている。客は自分たちの他にカップルが一組と、女性三人組、サラリーマン風の男が一人。それほど広くは無いが、テーブル席が少ないせいか狭さは感じない。
予約していたことを店員に告げると、壁際の二人用テーブルに通された。
八坂が席に座り、ほっと一息つく。
「ここはパスタが美味しいらしい」
「あ、はい」
メニューを広げる。店の売りだということもあって、パスタの種類が多い。
「……あの、田場さんは、よくこういうお店に来るんですか?」
顔を上げると、八坂が遠慮がちにこちらを見やっていた。
「いや。遠出をしたときくらいかな。ここも初めて来た」
「遠出というのは……、その、廃墟とか、『そういう場所』 に行く時、ですよね」
彼女の口からその話が出てくるとは思っていなかったので、少し驚く。
「そうだな」
「あの、訊いてもいいですか?」
「うん」
「田場さんは、その、……怖くないんですか?」
八坂が言った。
「あの、前に聞いた話だと、そういう場所に夜中に一人で行って、朝まで過ごしたりするって……。その、怖くないのかなぁと思って……」
しばらく考え、言葉を探す。
「時と場所によるかな」
「……怖い時も、あるんですか」
「あるよ。場所の雰囲気とか、実際に何か見えた時とか、人や動物に出会った時も、怖いと思ったな」
「見えたんですか?」
「うん。でも、よく見たら全部見間違いだった。白いボロ切れだったり。動物。ただの雲。子供のイタズラ」
彼女と違い、こちらが今まで見てきたのは、そういった現実が強く絡んだものばかりだ。
「それでも、怖いよ。毎回じゃないけど」
「……怖いのが、好きなんですか?」
「どうだろうな。好き嫌いは考えたことがないから」
店員が水を持ってやって来た。
「先に料理を決めようか」
「あ、は、はい」
自分はキノコのなんちゃらパスタで、八坂はカルボナーラを頼んだ。
「たぶん、何か出るかもしれない、その雰囲気が好きなんだ。怖さ自体は好きでも嫌いでもないと思う」
「そう、なんですか」
「うん」
元々見える人にとっては理解しがたい考えかもしれない。加えて見たくない人にとっては尚更か。しかしながら、彼女は何故自分の苦手な話を振ったのだろうか。
「あの……」
「うん」
「すみません。……ちょっと、お手洗い行ってきます」
「あ、うん」
彼女が立ち上がり、席を離れる。
次いで、食事が終わったのだろう。カップルが会計を済まし店を出て行く。少し寂しくなった店内にはゆったりとしたBGMと女性客三人組のしゃべり声。
また、眠たくなってきそうだ。
しばらくして、彼女がトイレから戻って来て、よろめきながら席に座った。
その顔が青くなっている。
「どうした?」
訊くと俯き、震える手で先ほど店を出たカップルが座っていた席を指した。
「か、かおが……」
彼女が言った。
「あ、あの人、顔が、無くて……」
振り返り席を確認するが、そこには誰も座っていない。
「顔?」
「……」
言葉が出てこないようだ。
とりあえず立ちあがり、席が視界に入らないよう自分と彼女の席を交換した。
「大丈夫か」
「は、……は、はい」
多少持ち直したようだが、あまり大丈夫そうには見えない。
すでに料理を注文してしまったが、仕方がない。
「出ようか」
すると、八坂が首を横に振った。
「い、い、いえ。ここで、食べましょう」
それは意外に思うほど、きっぱりとした言い方だった。
「無理することはないよ」
「いえ、あ、あの、わ、私、その……」
言いながら胸に手を当て深く息を吸い、吐き、落ち着こうとしている。
「……こ、克服したいんです」
彼女が言った。
「み、見えるのは変えられませんから……、そ、その、自分が強くならないと……」
ゆっくり息を吸い、吐きながら、その声は微かに震えている。
「いつも、誰かに頼って……、誰かの後ろを、歩いて来たので……」
逃げることは別に悪いことじゃない。そう言おうとして、止めた。
彼女が今までどう苦労して来たのかは知りようがない。ただ、彼女自身はそれを変えたいと思っているようだ。
「……そこに座っているのは、顔がないのか」
訊くと彼女の全身がひとつ、びくりと震えた。震えながら、後ろを振り返ろうとしている。
「いや、そっちは見なくていい」
「は……、はい」
「そいつは、いきなり出てきたのか」
「い、い、いえ。あの、最初から……、でも背中だけしか、見えてなくて……、そ、そうだとは思わなくて……」
最初はただの人間に見えたということだろうか。
「……さ、三人組だと、思ってたんです」
「ああ、なるほど」
「トイレから出てきて、三人だったのが一人になってたので、あれ、と思って……」
確かに、テーブル席は空いているので相席というのもおかしい。
「それで、見たら……」
「顔がなかった」
彼女が目を瞑って頷いた。
カップルが座っていた席は、アーケードを見下ろせる一番窓側の席だ。今も目の端に見えているが、誰一人として座っては居ない。
目の前の彼女を見やる。克服したいとは言ったが、今はすっかり縮こまってしまっている。
それにしても、イタリア料理店に出る顔の無い幽霊か。
「訳が分からないから怖い、ということもあるのかな」
言ってみると、彼女が目を開いてこちらを見やった。
「理由を考えてみよう」
「え……」
「顔がないというのは、具体的にどういう風に?」
「あ、あ、あの……」
「のっぺらぼうか」
「いえ、……ま、真っ黒で」
「顔全体が」
「……はい」
「何でだろうな」
「え、」
「何で顔が無いんだろう」
「何で……」
「事故で顔を失った、という線は薄いような気がする。だったら、事故現場に出るだろうし。この店で事件や事故が起こったというのなら別だけど、そんな話は聞いてない」
ひょっとして、店を教えてくれたヨシがイタズラでそういう店を選んだのかも知れない。しかし、さすがに奴もそこまで無神経ではないだろうし、そもそもこの町の心霊スポットなら自分の方がはるかに詳しい。
「男か女かは分かるか」
「あ、あの、……男の人、だと思います」
「それは服装とか、髪型から?」
「はい……」
「それで、四人掛けのテーブルに、一人か」
八坂は黙ってこちらを見つめている。
所謂地縛霊といったところだろうか。ただその男がこの店に愛着や執着を持っているといっても、それが顔がないことの説明になるわけではない。
「『顔も見たくない』 とでも言われたのかな」
「……え、」
「四人掛けのテーブルということは、他に誰か居たんだろう。男だというなら、相手は女性かな。告白したのか別れ話か。前者なら、『顔が苦手』 後者なら、『顔も見たくない』 か」
思いつきを言ってみただけだが、話している内に本当にそうなのかもしれないと思えてきた。
「そんなようなことを言われたのかもしれない」
地縛霊になるほどなら、よほど出来事だったのだろうか。
「だから、顔がない」
ふと、彼女が後ろを振り返り、窓際の席を見やった。突然のことで停める暇もなかった。反射的な行動だったらしく、彼女自身も驚いたようにすぐに視線を戻した。
「どうした?」
「や、い、いえ。あの……」
そうして彼女は俯き、しばらく黙りこんだ。その内、一度二度目じりをぬぐい、顔を上げた。
「そうだったら、悲しいなと思って……」
今度はこちらが黙る番だった。
『彼女は想像力が豊かすぎる』 そう言ったのは、彼女の一番の友人だ。物事が大げさに見えてしまうのだと。
確かにそうかもしれない。
「今のは、何も分からないなりに辻褄を合わせただけだよ」
「はい……」
「でも、ただ怖がるよりは、理由を探したり、どうしてそうなったか、何故そこに居るのか。そういうことに気を回した方が、冷静でいられるんじゃないかな」
店員がパスタを二皿もってやって来た。こちらの様子を伺っていたのか、態度がどこかぎこちなく。別れ話をしていると思われたのかもしれない。
「食べれるか?」
「あ、はい。あの、……はい」
それから二人で黙々とパスタを口に運んだ。
ヨシに聞いた通りパスタは美味かった。八坂も時々小さく鼻をすすりながら、パスタはすすらず、フォークで小さくまとめて食べている。
先に食べ終わり、追加でコーヒーを頼んだ。八坂はコーヒーは飲まないらしい。こちらが食べ終わったのを見て慌てていたので、
「ゆっくり食べていいから」
「は、はい」
男の霊に関しては、気にしている風ではあるが、当初ほど怖がっているようには見えない。
コーヒーを飲みながら窓際の席を眺める。やはり誰も座ってはいない。諦めて窓の向こう側に意識を移したが、この席からではアーケードを歩く人の姿も見えない。
丁度コーヒーを飲み終えたところで、彼女の食事も終わったようだ。デザートも飲み物もいらないというので、店を出ることにした。
支払う際全額払おうとしたら、彼女に「それは駄目です」 と拒まれた。「いいから」と言っても全く譲らない。意外と頑固だ。
結局、自分が食べた分は自分で支払うということで決着がついた。
自分は男の面子といったものにはあまり興味は無いが、店に出るという顔の無い男の霊は、それをつぶされたのかもしれないな。
そんなくだらないことを、ふと思う。
店の外、階段を下りてアーケードに出ると、八坂が大きく息を吐いた。途中から落ち着いたように見えたが、やはり気を張っていたのだろう。会計をしている時も、窓の方は決して見ようとしなかった。
こればかりはすぐに解決する問題でもない。
前にも少し思ったことだが、彼女の反応を見ていると、例えば個々の幽霊にでは無く、そういう存在そのものに対する拒絶と嫌悪があるようだ。
「何かきっかけがあるのか?」
気付けば、訊いてしまっていた。彼女が顔を上げる。
「あ……、え、」
「いや、幽霊とか、そういうモノを怖がるようになった理由があるのかと思って」
しばらくの間、彼女はこちらを見やっていた。見返していると、その顔が少し紅くなった。
「あの……、わ、笑わないでくださいね」
彼女が言った。
「小さい頃、イタズラとか悪いことをすると、押し入れに閉じ込められてずっと怖い話を聞かされたんです。お父さんがそういう話をよく知っていて。真っ暗な中で。……泣いても許してくれなくて……。気を失うようになってからは、止めてくれましたけど」
何と反応すればいいのか。
傍から聞けば中々ユニークな教育方法に聞こえなくもないが、本人からしたら確かに笑えないだろう。
「それが、トラウマになってるのかもしれません。……あ、いえその、元々怖がりは怖がりなんですけど」
「なるほど」
「……あの、ごめんなさい」
「ん?」
「せっかく美味しいお店を選んでもらったのに、台無しにしちゃって……」
こちらとしては、別に台無しにはなってないのだが。むしろ新たな心霊スポットを発見できて良かったほどだ。
「八坂」
「は、はい」
彼女には豊かすぎる想像力に加えて、他人を気にしすぎる面もある。
「怖さを克服したいなら、気を強くもった方がいい」
「はい」
「何でもすぐに謝るのも、良くない」
怒られたと思ったのか、彼女が項垂れる。
「はい、……すみません」
「……」
「あっ、すみ、あっ、う……」
狼狽えぶりに思わず笑ってしまった。見ると彼女が顔を真っ赤にしている。
「悪い」
「……謝らないでください」
少し怒らせてしまったようだ。『ごめんごめん』 と言いそうになるのをぐっと堪え、二階の店を見上げる。
「克服出来たら、また来ようか」
しばらく間があり、
「……はい」
と返事があった。
その声は何故か下から聞こえた。
見ると、八坂が地面にへたり込んでいる。
「どうした」
「……あ、あの、窓に。……こっちを、見下ろしてて」
しまった。
つられて見上げてしまったのだろう。顔の無い男は、窓際の席に座っていたのだ。
「悪い。立てるか」
「……」
「無理か」
「こ……、腰が抜けちゃって……」
現実に、腰の抜けた人間を初めて見た。
近くにベンチもなく、仕方がないのでおぶって行くことにした。
道行く人の視線が刺さる中、何か前にもこんなことがあったなと思いながらアーケードを歩く。背中の八坂は最初こそ渋っていたが、今は死体のように動かず何もしゃべらない。
アーケードを抜け、バス停にベンチがあったのでそこに彼女を座らせた。
「……田場さんは、人の目を全然気にしないんですね」
バスを待っている間、耳まで赤くなっていた八坂がぽつりと呟いた。他人の目に関しては、後輩にもよく言われることだ。
自分としては、気にしていないつもりはないのだが。
「努力するよ」
「はい」
その内帰りのバスがやって来た。おぶろうとすると八坂は慌てて立ち上がり、逃げるように自分の足で乗車していた。
バスの中で、次は映画を見に行こうかという話になった。ただ、怖くないというのが前提でかつあまり感動するものも駄目だそうだ。中々に難しい。
「感動ものも駄目なのか」
「……家で一人で見る分にはいいんですけど」
「うん?」
「周りが引いちゃうくらい、泣くので」
「ほう」
それはそれで見てみたい気もする。
怖くもなく感動もほどほどな映画を探しておくと約束した後、待ち合わせをしたバス停で八坂と別れた。
本当なら食事をした後、アーケード内の本屋にでも寄ろうかと思っていた。以前会った時、八坂が本好きだと聞いていたからだ。ただ彼女をおぶったまま店に入るわけにもいかなかったので、それはまた次の機会か。
今日は短い時間に色々ありすぎて、面白かったが、その分えらく疲れた。
カブを停めた公園の駐輪場へと向かいながら、諸々こめて、一つ息を吐いた。
というわけで、根城である大学近くのぼろアパートに戻って来た。
部屋のドアを開けると、『作戦会議』 と称して昨日の夕方からうちにやって来ていたヨシが、朝方置き去りにした状態そのままで転がっていた。
もしかして昨晩の飲みすぎで死んだんじゃないかと思い、その身体を蹴っ転がしてみる。すると「うーん」 と呻きながらのそりと起き上がった。
「おー……、帰ったか」
「今までずっと寝てたのか」
「寝てたなー」
言いながら、ヨシが上半身をねじり曲げ伸ばす。そうしてこちらを見やり、にやりと笑った。
「どうだった?」
「何が?」
「やったか?」
「何が?」
「おいおい恥ずかしがんなっておまえよー真理ちゃん泣かすようなことしてないだろうなおまえよー」
「いや、泣かした」
「へ、」
「泣かした」
「え……」
「泣かしはした」
「あっ、うれし泣きか」
「いや、悲しんでたな」
「……なんで?」
「まあ、パスタの店で色々あったんだよ。おかげで、その後の予定も無くなった」
「……マジで?」
「おう」
「え……、もしかして、俺が紹介した店がまずかった?」
「いや、店は美味かったよ」
ヨシがじっとこちらを見やり、どうやら冗談ではないと悟ったらしい。
黙ったままずるずると冷蔵庫に這って行って、中から昨日自分で持って来たビールの缶を二本取り出して、テーブルの上にどんと置いた。
何か勘違いしているようなので訂正しようと口を開きかけたが、ヨシが両手を使ってのジェスチャーで、『何も言わず。そこに座れ』 と促してくる。
大人しく言う通りにすると、奴は持って来た二本のビールの蓋を開け一本をこちらに差出し、
『まあ、飲め』
仕草だけで、そう言った。
「……おい」
『何も言うな』
「……」
『飲め』
奴との無言の反省会は、今日のことを一から話してやるまで、しばらく続いた。
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