怖い話&不思議な話の投稿掲示板
投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2018/08/14
『男女の幽霊が出る』 という噂のガード下がある。
以前は高架橋もなくただの踏切だったのだが、十数年前に駅が改築され二階建てになるのに合わせて、周囲の線路も上空へ持ち上げられたのだ。
男女の幽霊はそこが踏切だった頃から居たという。失恋により踏切に飛び込んで自殺した女性と、彼女の後を追って同じように死んだ男性の霊。恋人同士だったのを無理やり別れさせられたのだとか、男の方が密かに女に恋していたのだとか、二人の関係は話によってばらけるのだが。
噂によれば幽霊は男女ともに誰かを探しているらしい。
というわけで、見に行くことにした。
大学の講義が終わって夕刻。今回は近場なので大学から直接現場に向かった。
愛車のカブに跨り電車道路沿いを町の中心街へ。帰宅ラッシュの時間帯にはまだ早いが、道路はまずますの混み具合だ。
小さな頃から単騎での心霊スポット巡りを趣味かライフワークとしている身としては、現在住んでいる市内については大体巡りきったつもりでいたのだが、今回の場所はノーマークだった。
教えてくれたのはバイト先のバーのママで、彼女曰く地元ではそこそこ有名な話らしい。
やはり知らない場所、知らない話というのは探せば出てくるものだ。そうして、知ることで見知った場所でも見方が変わってくる。
中心街をしばらく走ると、それまで道路と同じ高さを走っていた線路が緩やかに上り始めた。とはいえ駅の二階に繋ぐためのものなので、高さ自体はそれほどでも無い。線路も二本で、都会の高架橋に比べれば可愛いものだ。
駅に到着し、駐輪場にカブを停める。ここからは徒歩で西の方へ。
数分歩き、目的の場所に辿り着いた。
駅から幾分近く、住宅街の中を走る高架橋とその下を交錯する二車線の道路、以前踏切があったという場所がそうだ。現在は高架橋が出来たので踏切は不要となり、道路を挟む形で白いコンクリートの支柱が地上に架けられた橋を支えている。
とりあえず、高架下を歩いてくぐってみる。
黄昏時。橋が西日を遮りガード下はぼんやりと暗い。車通りはほどほど。支柱の傍にはベンチが二つ据えてあり、杖を持った老人が一人座っている。前方から、学校帰りか、楽しげにおしゃべりをしながら歩く子供達とすれ違った。
幽霊の姿は無い。
高架橋を抜けた先にバス停があったので、そこで立ち止まり、バスを待っている風を装ってガード下を眺める。ちなみにバスは最終が約三十分後に来るようだ。
歩道脇のフェンスにもたれ掛ると、同時にベンチに座っていた老人が杖を頼りに立ち上がり、自分とは反対方向へ去って行った。
そしてガード下には誰も居なくなった。
ぼんやりと考える。
男女の霊は、誰かを探しているとのことだ。暗がりから女の声で、『……○○さんですか?』 と知らない男の名で呼ばれた、という話もある。
二人は、お互いの姿を探しているのだろうか。しかし同じ場所に居るのに見えないのか。いやそもそも幽霊というモノは目が見えるのか。何か感知できるのか。
ふわふわと浮かぶそれら答えのない疑問が、電車の通り過ぎる音でかき消される。
山の向こうに陽が沈み、光の当たらないガード下が一足先に夜になる。
街中の心霊スポットというのは得てして雰囲気の無いことが多いが、ここは中々良い感じだった。
これで噂の幽霊が出て来てくれれば完璧なのだが。
しばらく眺めていたが、何も現れない。
もっとガード下をうろついてみたいが、周りが住宅街であるせいであまりうかつな行動もできない。時間も遅くなってきているし、今のご時世、不審者と間違われても何もおかしくは無い。偶然だが、ここにバス停があって良かったと思う。
陽が完全に山の向こうに落ちる。
街中だというのに辺りは随分暗い。街灯と、住宅街から漏れる家庭の明かり。たまに通る車のヘッドライト。聞こえるのは人の声ではなく虫の声。やけに静かだ。
山手からまた電車がやって来た。車体とレールと高架橋のきしむ音。
男も女も、あれに轢かれたのか。
そう思った時だった。
――――さん?
後ろから誰かに呼ばれた。
電車の走行音のせいで、名前の部分は聞こえなかった。女性の声。確かに、自分のすぐ背後で誰かが誰かを呼んだ。
脳がその正体をイメージする前に、反射的に振り返る。
女が一人、立っていた。
薄赤く染まったワンピースに、血に濡れたように紅い口、赤い靴。黒々とした眼。
知り合いだった。
「妙な所で会いますね」
彼女が言った。
飯野由美。自分と同じ大学に通っており、以前彼女の友人を通じて知り合った。
しかしながら、こんなに派手な格好をする子だっただろうか。
「ああ、同級生の結婚式だったんですよ、今日」
こちらの視線の意味に気付いたのか、若干だるそうに彼女が言った。
「ああいうのは退屈で窮屈で疲れます」
「……ほう」
まあ、分からなくもないが。
彼女は一人の様だった。いつも別の知り合いと一緒に居るところしか見たことがないので、珍しく思う。
「八坂は一緒じゃなかったのか」
「……今日は来てません」
「そうか」
八坂真理。彼女は飯野の幼馴染で、『自称、見える人』 でもある。自分が飯野と知り合うことになったのも、元々はとある心霊スポットで八坂と出会ったことがきっかけだった。
「がっかりしましたか?」
「いや」
「……ふーん」
本当に来てなくてよかったと思う。何せ、八坂は見える人であるにも関わらず、それを見て失神してしまう程の怖がりなのだ。
「それで、田場さんはここで何してるんですか、……って、まあバスを待ってるんでしょうけど」
「あー、いや……」
確かに傍から見たらバスを待っているようにしか見えないだろうが、だからと言ってはいそうですと嘘をつくわけにもいかない。
こちらの歯切れの悪さに、彼女は何かを察したらしい。
「え、ちょっと……」
ちなみに彼女はこちらの妙な趣味のことを知っている。
「このバス停、何か変な噂でもあるんですか」
「バス停じゃない。そこのガード下に」
一通り概要を説明すると、彼女は胡散臭げに眉をひそめた。
「……それ、あの子には言わないでくださいね。ここ通れなくなりますから」
「分かった」
「それにしても、本当に一人で来ているんですね」
それに関しては、以前会った時に包み隠さず話しているのだが。
「ちょっと大げさに言っているのかなと思ってました」
「そうか」
「それで、見れたんですか?」
「いや」
「ですよね」
しばらくの沈黙。
「……その人たちは、お互いを探しているのに見えてないんですか」
飯野が言った。
「互いを探しているのかは分からないけど、そういう話もある」
「で、田場さんも、見えてない」
「うん」
「誰も何も見えてないじゃないですか」
「今のところは、そうなるな」
彼女がこちらを見やる。そうして呆れたように息を吐いて、何故か少しだけ笑った。
「……ハッピーエンドでもバッドエンドでも、他人の色恋沙汰の結果なんて、何が面白くて見に行くんですかね」
なるほど、他人の色恋沙汰の結果か。
何が面白いのか考えてみたが、確かによく分からない。
「そうだな」
「そうだなって……、いえ、田場さんのは趣味ですもんね」
そうして彼女は目を閉じこめかみの辺りに指を当て、「……ごめんなさい。今、少し酔ってるので」 と言った。
「……酔ってるついでに言わせてもらえますか」
「うん」
「あの子、今日呼ばれてないんですよ」
「ん?」
「結婚式。同じクラスだったんですけどね。他の子にも確認したんですけど、真理にだけ招待状が来てなくって。腹が立ったんで私も行かないつもりだったんですけど、あの子が絶対行けってうるさいので……」
そうして彼女はふうと息を吐いた。
「例えその人間に嫌われていても、わざと結婚式に呼ばれなくても、ハッピーエンドじゃないと駄目なんですよ、あの子は」
道の向こうからバスがやって来ている。たぶんあれが最終の便だろう。
「馬鹿だと思うでしょう?」
「いや」
「……ふーん」
目の前にバスが停車し、音を立ててドアが開く。
こちらにぺこりと頭を下げ、彼女がバスに乗り込む。
「……見えるといいですね」
別れ際、彼女が振り返りそう言った。言葉を返す間もなくドアが閉まり、バスが走り去っていく。
小さくなっていくバスの後部を眺めながら、彼女の最後の言葉の意味を考える。本心ではなかっただろうが、皮肉にも聞こえなかった。
しかし確かに、彼女の言う通りだ。
ここには見えない人間しかいないのだから。
バスを見送ってから、さらにもう一時間ほどガード下を眺めてみたが、結局何も出なかったので帰ることにした。
高架橋の下をくぐって駅に戻る際、丁度頭上を電車が走っていった。
暗がり、ごとんごとんと空気が揺れる中、ふと立ち止まる。
――――さん。
誰かが誰かを呼ぶ声がした。
電車が過ぎ去り、それは、近くの民家から明かりと共に声が漏れているだけだと知れた。
自宅である大学近くのぼろアパートに帰ると、いつものように酒とつまみと暇と空腹を持て余した隣部屋のヨシがやって来た。
「よー、お前また行ってきたのか。ホント好きだな」
訳知り顔でヨシが言う。
「今日はどこだよ」
「駅近くの高架下」
適当につまみを作って出してやり、乾杯をしてから、一通り概要を説明してやる。
「ほーん」
酒を飲み飲みつまみを食い食い、ヨシが言った。
「お互いに見えてないのね、そいつらは」
「噂ではな」
「で、いつも通りお前も見えてないと」
「そうだな」
「想像してみたら、なんか間抜けな光景だな、それ」
飯野にも似たようなこと言われたな、と思う。
「あーでも、向こうにはお前が見えてたかもしれないのか」
「ほう?」
「でもその場合あれか、『何あの不審者、ずっとこっち見てるんだけど……』 みたいな感じになるだろな」
「ほう」
「どっちにしろ間抜けだなそれ」
反論しようかと思ったが、何も思い付かなかった。
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