怖い話&不思議な話の投稿掲示板
投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2018/08/06
以前、
『八つ坂トンネル』 という心霊スポットで『自称、見える人』 に出会った。
それから数週間後の話。
飲み会開始は午後六時。
七月、休日。その日は午前中から後輩の銀橋と共にばたばたと準備を進めた。
部屋の掃除をして材料の買い出しに料理の下ごしらえ。銀橋には人数分の座布団に机をもう一台と、部屋にクーラーが無いので冷風機を調達させた。
参加人数は六名。
自分と銀橋、同アパート隣部屋のヨシ、以前八つ坂トンネルで出会った八坂真理とその友人の飯野由美、あとは銀橋の彼女も参加するらしい。
発起人は銀橋だ。無難にどこかの店でも予約すればいいものを、この後輩は何故か先輩が住んでいる大学近くのぼろアパートの一室を飲み会場に指定し、そのおかげで現在こうやって朝から右往左往する羽目になっている。
「先輩先輩、ひょっとして食器が足りなくないすか」
「前にもらった引き出物の食器があるから大丈夫だ」
「先輩先輩、やっぱ焼酎とかも買ってきた方が良いですかね」
「飲みたいなら買ってこい」
「先輩先輩、冷風機がつきません」
「差込口変えてみろ」
「あっ、ついた。あー、あー、わ~れ~わ~れ~は~……、あれ、これ扇風機みたいに出来ないんすね」
「……楽しそうだな」
「すんません。楽しいす」
「そうか」
「先輩先輩、何かめっちゃいい匂いしますね、それ、何作ってるんです?」
そんなこんなで午後五時頃、何とか一通り準備を終えあとは来客を待つばかりとなった。
最初にやって来たのは八坂と飯野だった。手ぶらでいいと言ったのだが、彼女たちはそれぞれ菓子や飲み物を持参してくれたようだ。
「あ、私今日は飲みませんから」
にこにこしながら飯野が言った。飲めないのではなく、飲まないのか。言い方が少し気になったが、飲む飲まないは個人の自由だ。
八坂はというと、居間に立ち室内をじっと見つめている。
彼女は自称、見える人だ。
まさか部屋の中に何か居るのだろうか。小さな頃から単騎での心霊スポット巡りを趣味かライフワークとしてきた身としては、何をお持ち帰りしていてもおかしくは無い。
「あの……、田場さんは、ミニマリストなんですか?」
八坂が言った。ミニマリスト、必要以上に物を持たない生き方のことだったか。
「いや、違う」
「あの、でも、家具が……」
おそらく、テーブル二台とテレビと冷風機しかない居間を見てそう思ったのだろう。しかもその内テーブル一台と冷風機は後輩が持って来たものだ。
残念ながら幽霊が居たわけではないらしい。
「あー分かる。先輩んちって、何か生き物が生息してない感じすよね」
銀橋が乗っかる。
「僕も最初来た時、独房かと思いましたもん」
「独房」
「服役でもしてるのかなって」
「服役」
犯罪者か。
そう返そうとしたが、よくよく考えてみれば廃墟への不法侵入程度は幾度となくやらかしている。
犯罪者だった。
「先輩の部屋って、生活用具とかは全部押し入れの中なんすよ」
言いながら、銀橋が勝手に押入れを開けて中を公開してみせる。
「へー、田場さんって、やっぱり変わってますよねー」
依然笑顔を崩さず飯野が言った。話題の発端である八坂はおろおろしている。
これ以上二人に呆れられる前に、そっと押し入れを閉めた。
次にやって来たのはアパート隣人のヨシだった。隣に住んでいるのだから準備も手伝ってくれればいいのに、奴にそんな気は微塵もないようだ。
「おい、何かいつもよりいい匂いがすんぞ」
入って来るなり奴が言った。
「ヨっさんヨっさん、自己紹介自己紹介」
「あ、どうも。ヨっさんです。おっさんじゃなくてヨっさんです」
その的確で意味不明な自己紹介に、二人が若干引いている。その後、とりあえず銀橋が間に入って初対面組の紹介をした。
最後の一人、神崎は彼氏曰く、時間には絶対遅れないがいつもギリギリに来るそうだ。彼女は大学内でも結構有名な人物で、自分も銀橋から紹介され何度か会ったことがある。
そうして午後六時直前。
「やってる?」
一人の女性が、まるで居酒屋の暖簾をくぐるかのように入って来た。
長身長髪で若白髪を染めていないため遠目からは灰色じみている。彼氏曰く、『他人との視戦(※造語)に負けた気になるから染めない』 のだそうだ。
「なんだ、今日は野郎だけの飲み会じゃないのか」
「神崎さんこっちこっち」
「こっちも何もそっちしかないでしょ」
ちなみにこのカップルはお互いを名字で呼ぶ。歳は三つ離れていて、身長もギリギリ彼女の方が高い。傍から見ると恋人には見えず、仲の良い姉弟のようだ。ケンカはよくするらしいが。
「神崎羽花、院生、初めまして」
誰にでもなく言いながら、彼女が空いた席に座る。男性陣は初対面ではないが、八坂と飯野は彼女の雰囲気に呑まれてしまっているようだ。
「はい。みんな揃ったんでとりあえず乾杯しましょう」
幹事の銀橋が立ち上がって言った。
客がそれぞれ飲みたいものを選んでいる間に、人数分の煮込みハンバーグを火にかけ、サラダやパスタ、野菜中心の小鉢など他の料理をテーブルに並べる。
料理を前に八坂が目を瞬かせながら、
「……これ全部田場さんが作ったんですか?」
「うん」
「すごい」
「真理、あんたそれ、食べてから言ってあげた方がいいよ」
「心配しなくても先輩の料理めっちゃ美味いから大丈夫すよ。ねぇ神崎さん」
「食ったことないから知らない」
「あれ、ここに来たことありませんでしたっけ?」
「酔っぱらいを受け取りに来たことならある」
「ありゃ。はいじゃあここでヨっさんから先輩の料理について一言」
「おいお前今日えらい豪華じゃねーかよ、いつもは手抜きしてんのかよ」
えらくうるさい。
「銀橋、乾杯」
「あ、はい。えーそれではみなさんグラスを持ちまして……、本日はお忙しいところとかそういう堅苦しいのは抜きにして、楽しみましょう。乾杯」
というわけで、飲み会は始まった。
「で、今日はどういう集まり?」
乾杯して銘々料理をつついたり酒を飲んだり大学の不満を漏らしたりした後、神崎が誰にでもなく訊いた。ちなみに有難いことに料理はおおむね好評だった。
「親睦会す」
「ああ、合コン」
「違います」
神崎の言葉を飯野が否定する。
「ただの親睦会です」
「ふーん」
「……それに私は真理の付添いで、おまけですから」
「そーか。じゃあ主役は八坂なんだ」
神崎は本当に今日の集まりが何であるか知らないまま来たらしい。銀橋を見やると、「話すには、真理ちゃんの許可が居ると思って」 と返って来た。
「それに僕が話すと色々盛っちゃうんで」
「なんだ、聞かないほうがいい話?」
「あ、あの……」
それまで黙っていた八坂が、おずおずと声を上げる。
「元々は私が……、その、田場さんに迷惑をかけてしまったことがきっかけで」
「ふーん、そうなのか」
「■■に八つ坂トンネルというトンネルがあるんですけど、そこで、あの、私が倒れていたところを、」
「ちょっと真理」
飯野が遮る。
「あんた全部言うつもり?」
「あ、うん。その、今日は親睦会だから……」
どうも八坂は隠し事の出来ない性格らしい。飯野が呆れたように天を仰いだ。
「それに、田場さんと銀橋さんはもう知ってるし……」
「あーもーはいはい。もう好きにして」
「ご、ごめんね」
そうして八坂は、『八つ坂トンネル』 から始まる一連の出来事を語り始めた。
自称見える人である彼女はトンネルの入り口で幽霊に遭遇し、怖さのあまり失神してしまう。そこに偶然自分がやって来て、携帯を無くした彼女を電波の通じるトンネルの向こう側まで誘導。途中色々あったが何とか無事帰ることができた。そこまでが八つ坂トンネルの話で、後日再び会うことになった際、何故か同席していた飯野と銀橋が勝手に飲み会をセッティングした結果、今日に至る。
要約すれば、そんなところか。
所々どもりながらも、彼女は最後まで話しきった。
自分は当事者なので彼女の話した出来事が嘘じゃないと知っているのだが、改めて他人の口から聞くと、なるほど話全体の胡散臭さが天井を突き破っている。
銀橋は楽しげに。飯野は冷ややかに。神崎は軽く眉をひそめながら。ヨシは八つ坂トンネルを抜ける際ずっと目だし帽を脱ぎ忘れていたくだりでげらげら笑いつつ。
「何というか、アレだな」
最初に感想を口にしたのは、神崎だった。
「どこからどう突っ込めばいいのか分からない話だな」
「ほんとですよね」
飯野が同意する。
「何度聞いても信じられない」
「ありゃ、由美ちゃんは幽霊否定派すか?」
「そこが信じられないわけじゃなくて……。いえ、居るとも思って無いんだけど。あーもー、どうでもいいでしょ」
「神崎さんは否定派すよね」
「私も基本的にはどうでもいい」
「ありゃ、でも前にそんなモノ居るわけないって」
「妄想、幻覚、記憶の改竄、枯れ尾花。それらの総称が幽霊だから。幽霊という個体は存在しないけど幽霊という現象はある、って立場」
「それって否定派じゃないんすか」
「本当に何かが見えて騒いでる人も居るだろうし。その人間にとって幽霊は実際に居るんだよ。そこは否定しない。ただ私の世界にはそんなもんは存在しない。存在しないもんはどうでもいい。それだけの話」
「そうそれ! 私も同じです」
飯野がまた同意する。
「真理だって、少しのことで怖がり過ぎるから、居もしないモノが見えちゃうんですよ」
「そうなのか?」
「だって……、もうぶっちゃけますけど、この子『知らないと見えない』 んですよ」
飯野がぶっちゃけた。
「今まで何でもなかった場所だって、噂を聞いた途端に見えるとか言い出すし……。だから余計に嘘つきだって言われて、もう」
「ゆ、由美……」
「何? 今日は親睦会なんでしょ。もう全部知ってもらいなよ」
そろそろ煮込みハンバーグが出来た頃なので一人立ち上がり台所に向かう。
「あんたは想像力がありすぎるの。人からそこに居るって言われると見えるようになるんだから、人からそんなモノ居ないって言われたら見えなくなるんじゃない?」
銀橋がマイク代わりの箸を八坂に向けている。
「だそうですが、真理ちゃん自身はどうお思いで?」
「わ、わたしは……」
「銀橋、そこの皿よせてくれ」
台所から付け合せの野菜と一緒に人数分のハンバーグを出して来てテーブルに並べる。
六人分の皿から湯気が立つ。一瞬居間が静かになり、皆黙ってハンバーグに手を付けた。
「やばい。めっちゃ美味いす」
「わ……、美味しい」
「……まー、うん」
「田場、これ、ソースには何使ってる?」
「玉ねぎトマト缶コンソメとかを、テキトーに」
「……ふーん」
「はいここでヨっさんから感想を一言」
「おい今日の普段出てくる飯の三倍うめえぞ、詐欺じゃねえかお前」
ヨシがうるさい。
有難いことに、このハンバーグも概ね好評だった。
それからしばらく話題は移ろい。八坂や神崎に今日の料理のレシピを教えたり、銀橋とヨシが所属するサークルの話になったり、最近話題の映画の話になったり。基本的に色々よく知っているのは銀橋と飯野で、自分と八坂は聞き役、ヨシと神崎は好き勝手に飲み食いしつつたまに口を挟んでいた。
そうして時間も酒も大分進んできた頃。
「……でも、僕は居ると思うんすけどねぇ。幽霊」
銀橋が逸れていた話題を元に戻した。
「銀橋君って、よく空気が読めないって言われるでしょ」
唯一素面の飯野が呆れたようにつぶやく。
「きっと空気にも日本語と外国語があるんすよ」
「ここは日本だけど」
「じゃあ先輩んちが特別なんすね。なんせほら生き物が住めない感じですから」
飯野がため息を吐いた。
「……そういうのが居るって、根拠でもあるの?」
「前に一人で心霊スポット行った時、めっちゃ怖かったんで」
「それ根拠じゃないから」
「じゃあ、無いす」
「無いんだ」
「無いす」
そうして銀橋はヨシの方を見やると、
「ヨっさんも『いる派』 でしたよね」
「おいこの浅漬け絶対いつもより手間かかってるだろ」
「ヨっさんヨっさん」
「んー? ああユーレイ? そら居るだろ」
そうしておもむろに、ヨシが天井の隅の方を指差した。
「今日はあの辺に固まってる。人が多いから遠慮してんのかね」
思わぬ言葉に、皆の視線が一斉に奴の指差した方に向いた。
「俺は別に見えなくて、匂いを感じるくらいなんだけど。こいつが春夏秋冬に朝昼晩も関係なく妙なとこ行って連れて帰るもんだから、この部屋いっつも満杯でさ。だからたまに酒と供え物もって掃除しに来てんだよ」
衝撃的な発言だ。
皆ぽかんとしていたが、銀橋がはっとしたようにマイク代わりの箸を再び八坂に向けた。
「だそうですが、真理ちゃん何か見えます?」
「え……、あ、いや、あの」
八坂は天井の隅と銀橋とヨシを代わる代わる見やり、狼狽えている。
「す、すみません、……見えません」
ヨシが大げさに目を見開く。
「えー、見えない?」
「……はい」
「こんだけ居るのに、何も?」
「ご、ごめんなさい」
飯野と神崎が何か言いかけたようだが、ヨシが笑い出す方が早かった。
「そりゃそうだ。嘘だから」
再びぽかんとする周りをよそに、奴はげらげらと笑いながら、何故かこちらの肩をばしばしと叩く。
「良かったな。ここには連れて帰ってないだとよ」
「叩くな」
どうやら全部奴の演技だったようだ。
自分と銀橋はヨシの性格を分かっているからいいのだが、飯野はきつい目で、神崎は少し眉をひそめながら、八坂は困惑したようにヨシを見やっている。
「あ、でも俺がユーレイ肯定派ってのは本当だから。そこは本当」
流石に雰囲気を察したのか、取り繕うようにヨシが言った。
「ヨっさんヨっさん、根拠根拠」
「お前がそれ言うのかよ」
「根拠が要るそうす」
「いや、俺も根拠は無いなー。根拠は無いけど、居るんだろーなって感じで」
「あ、あの……、それはどうしてですか」
八坂が訊いた。
「あ、根拠じゃなくて理由?」
「は、はい」
「そーだなぁ。例えばさ、ある日突然目の前にUFOが現れて、中から出てきた宇宙人に、『我々はユーレイを信じてます』 って言われたら、それまで信じてなくても信じるようになるだろ」
いきなり話が宇宙に飛躍した。
「宇宙人じゃないけど、似たような体験したことあってさ、それから信じるようになった」
しばらくの沈黙。
「……ヨっさん、宇宙人に遭ったことあるんすか」
「だから宇宙人じゃねーって。例えだから例え」
「同じようなって、じゃあ未来人とかすか」
「違う違う」
「じゃあ妖怪」
「妖怪みたいな婆さんになら遭ったことあるけどなー」
そう言って、奴は再びげらげらと笑った。
「……田場さんの周りって、何というか、面白い人が多いですよね」
飯野がこちらを見やり、にこにこ笑いながら冷たい声でそう言った。奴のことだとしたら、今日はかなり大人しい方だと伝えたら、彼女はどんな顔をするだろう。
「まあヨっさんは置いといて……、とりあえず現在、幽霊は居る派が三人で、居ない派が二人ですか」
「三人って……、居るって言ってるのはあなたたち二人だけでしょ」
銀橋の言葉に飯野が食いつく。
「真理ちゃんもいるじゃないすか」
「この子は何も言ってない」
「見えるのにですか?」
「関係ないから」
銀橋が八坂にマイクを向ける。
「だそうですが、実際のところは?」
「あ、わ、わたしは……」
そうして彼女は俯き小さな声で、
「……分かりません」
と言った。
「その、み、見えるんですけど、神崎さんや由美の言う通り、幻覚とか、見間違いとか……、私の、思い込みかもしれないですし……」
彼女は自分の見たものが信じ切れていないのか。しかしそれでも、
「それでも答えは『分からない』 なんだな」
神崎の言葉に、八坂がさらに小さくなる。
「責めてないから。いい答えだよ。人に見えないものが見えるからって、全てを知った気になって偉ぶってるヤツより随分マシ」
「神崎さん、過去に何か嫌なことでもあったんすか?」
「別に無いよ」
「あ、そうすか。まあとりあえず真理ちゃんは白紙票ということで。というわけで二対二ですよ、先輩」
箸のマイクがこちらに向けられる。
「先輩の一票で、幽霊が居るか居ないかが決まります」
「何でそうなるんだ」
「僕の中でそうなるだけなんで大丈夫す。世の中には何の影響もありません」
その多数決に果たして意味はあるのだろうか。
そんなことを思うが、意外にも居間がしんと静まる。
銀橋が期待に満ちた目で。神崎はあまり興味なさそうに。飯野が不満げ、八坂が不安げな表情をしている横で何故かヨシが笑いをこらえつつ。
仕方がない。
しばらく考え、言葉を探す。
小さな頃から単騎の心霊スポット巡りを趣味かライフワークとしてきた身としては、居るに決まってるという立場でありたいが、残念ながら自分はまだそういうモノを見たことがない。今まで大小含めて何百という場所や噂を巡ったはずだが、幽霊を見るどころか気配を感じたこともないのだ。
しかし、ではその結果幽霊は居ないと結論付けるのかと言われれば、そうではない。時と場所と運とが噛み合えば、自分にも見れるのではないかと思っている。
幽霊を見に行くことは、映画館や動物園、美術館に行くのとはわけが違う。
絶対に居るから、見に行くわけではない。
かといって存在しないと信じるモノを、見に行くわけでもない。
きっと見えないかもしれないモノを、見に行くのだ。
だから……、何だろう。
ぐるぐる考えていたら、訳が分からなくなった。
「分からない」
そのまま口に出す。
肯定派か否定派かと言われたら肯定派だが、居るか居ないかと言われたら、そんなことが分かるはずもない。
そもそも、それを確かめに行くのだから。
「ありゃ、先輩も白紙票すか」
「ああ」
「同数の場合はどうなるんでしたっけ、無効すか?」
「自分のことなら、自分で決めろ」
「そうすね。さすが先輩」
銀橋は何故かやけに嬉しげだ。その横で飯野が何故か若干不満げな顔をしており、ヨシは何故かげらげら笑い、神崎は何故か目を閉じていて八坂は何故か顔を伏せている。
まあ、飯野以外は皆酔っぱらいだ。仕方がない。
その後もうしばらくして、時間もそろそろ遅くなってきたので解散することになった。
先に銀橋が、飲んでいる最中は変わらないが限界を超えた途端に寝てしまうらしい神崎を連れて我が家を後にした。
次いで八坂と飯野を玄関先で見送る。
二人は全く酔っていなかった。飯野は飲んでないのだから当たり前なのだが、八坂は普通に何本か空けた上に秘蔵の梅酒も美味しい美味しいと言いながら飲んでいたのだが、まったく酔っているそぶりはない。
「この子、酒豪ですから」
飯野が言う。
その瞬間、部屋の奥で一人残って寝ころんでいた酔っぱらいが「しゅごーい!」と奇声をあげた。が、無視された。八坂も飯野も今日一日でヨシの取り扱い方が分かったようだ。
「あの、今日はありがとうございました。料理、すごく美味しかったです」
「良かった。用意した甲斐があった」
八坂がまだ何か言いたそうにしている。
隣で飯野が空を仰いだ。
「あーもーはいはい。真理、私そこの自販機で飲み物買ってるから、……早くしてね」
そうして彼女はこちらににこりと笑顔を向け、「ドア、閉めたほうが良いですよ」 と言って、アパート脇の自動販売機に向かって歩き去っていった。
助言通り、後ろ手に玄関のドアを閉める。部屋の奥からまた何か聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
そうして二人残される。
夜空には、ちらりちらりと星が浮かんでいた。
「あ、あの……、今日は楽しかったです」
八坂が言う。
「良かった」
「……はい」
「でも、少し騒々しすぎだな」
「あ、えっと……、そうですね、ちょっと」
次があるなら、もう少し静かで気を使わず飲みたいものだ。
「今度は二人でどこかに行こうか」
言った。
「……え」
正直、酔いに任せた部分もあった。
八坂がじっとこちらを見やる。自分では冷静を保っているつもりだが、頬の辺りに熱を感じる。酒のせいか、もしくは顔から火が出ているのかもしれない。
「あ、あの……」
怯えた声で、彼女が言った。
「……ゆ、幽霊が出る場所、ですか?」
「いや違うから」
沈黙。
その内、彼女がほっとしたように笑った。
「良かった……」
途端に、青くなっていた顔が赤くなる。
「あ、あ、あの、……はい。ぜひ」
煙が出そうだ。
日程等はまた後日連絡するとして。彼女はぺこりと頭を下げると、自動販売機で待つ友人の元へとまるで逃げるように去っていった。
長い息を吐く。
朝から準備を始め料理を数品用意し部屋と酒を提供し妙な多数決を経て、えらく疲れたが、なんとか最後に一つ約束を取り付けることができた。
まあ、最終的には良かったと言っていいだろう。
玄関を開けて居間に戻ると、寝転がっていたヨシがむくりと起き上がった。
そのままのそのそとテーブルの上をかき回すと、開いてない缶ビールを二本見つけ出し、その内の一本をこちらにずいと差し出してくる。
「やったな」
訳知り顔で、奴が言う。
「何を?」
「よっしゃ、おらー、飲み直すぞー」
「……なんでだよ」
「お前今日全然飲んでないだろ」
「そうか? いつもこんなもんだろ」
「いーや、飲んでないね。多数決取ったら百対一で飲んでないね」
「あとの九十九人はどこに居るんだよ」
「あれだけ妙な場所に行ってりゃあ、百匹くらいは余裕で連れて帰ってるだろゼッタイ」
「この部屋に居るってのは、嘘じゃなかったのか?」
「あー、ウソだけど。ウソじゃなかった」
「何だそりゃ」
「きっと今日は皆気を使って留守にしてんだよ。そのうち戻ってくるだろー」
「何だそりゃ」
「ウソだよウソ。何でもいいだろー。ほれ、飲め飲め」
「分かった分かった」
賛成であれ反対であれ、結局こうなるのか。
そうしてヨシから酒を受け取り、しばらく常温で放置されたぬるくてはっきり不味いビールを掲げ、本日二度目の乾杯をした。
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