「『八つ坂トンネル』」の続き
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投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2018/07/04
『八つ坂トンネル』 という心霊スポットがある。
そこへ出向いた、その数日後の話だ。
――――
今日の昼、学食で会えませんか?
――――
そんなメッセージが携帯に届いた。
送り主は先日、趣味である単騎での心霊スポット巡りをしていた際に出会った、八坂真理という名の女性だ。
真夜中にトンネルで一人倒れていたのを偶然見つけ、携帯を無くした彼女に自分のを渡した際偶然番号を見られ、何度か連絡を取る内に偶然同じ大学の学生だと知り、その日は偶然二人とも昼から講義もなく暇だったのだ。偶然とは恐ろしい。
とはいえ、小学生のころから単騎での心霊スポット巡りを趣味かライフワークとしている身からすれば、そういう場所での遭遇は極力避けたいし、例え出会ったとしてもその後の付き合いは遠慮したいのだが。今回は彼女がどうしても礼がしたいと言うし、加えて彼女自身は、『見える人』 であり、何か面白い話が聞けるかも知れない。
というわけで、行くことにした。
午前の講義が終わってから学食に向かう。普段は大学に近いアパートに食べに帰っているので、ここに来るのは随分久しぶりだ。
食堂内はいつも通り学生とおしゃべりの声で溢れていた。
待ち合わせ場所である一番奥の窓側に向かうと、女学生が二人、目的の席に座って何やら話し合っていた。席は取られてしまっているが、この辺りで待っていたら来るだろう。
近くの空いている席に座って、一息つく。
「……あの」
しばらくして声を掛けられた。
見上げると、隣で何事か話し合っていた女学生の内の一人が不安そうに立っていた。そうして彼女は、恐る恐るといった感じでこちらの名前を口にした。
「田場さん……、ですよね」
その細い声には聞き覚えがあった。トンネルで倒れていた女性の声。
ちなみに田場とは自分の名字だ。
「八坂さん?」
「……はい」
確かに声はそうだ。ただ容姿が記憶と違うような。しかしあの時は真夜中だったし、草むらに倒れていたせいか、その頭には花が咲いていたし、途中泣き出して化粧も崩れていただろうし。
「悪い。気づけなかった」
「いっ、いえいえ全然全くかまいませんので」
そうして彼女は、「この間は、ご迷惑をおかけしました」 と頭を下げた。
それに関しては、こちらも混乱していてうまく動けなかったし、彼女を無駄に怖がらせてしまった落ち度もある。
「いや、こっちも色々悪かった」
「や、い、いえいえそんな……」
「とりあえず座ろうか」
その言葉に、彼女が少し不安げに後ろを振り返る。そこには先ほどまで彼女と話をしていたもう一人の女性が居た。
目が合うと女性はにこりと笑い、
「すみません。私も一緒にいいですか」
と言った。
「由美……」
「いいじゃない。この人……、えっと、田場さん? が良いって言うなら。あ、私、飯野って言います。飯野由美。真理の友達です。初めまして」
こちらと八坂を交互に見やりながら、飯野がまたにこりと笑う。
「ね、いいですよね?」
同意を取る形ではあるが、どこか有無を言わせない雰囲気がある。
状況がよく掴めていないが、八坂のおろおろとした反応を見るに、元々この場に居る予定の人間ではなかったのだろう。とはいえこちらは一人増えるくらい問題ないし、彼女達の間柄に口を挟むつもりもない。
「構わないよ」
「わーい。だってさ真理」
「……すみません」
四人掛けのテーブルに、こちらとあちら向かい合う形で座る。ちなみに自分の前の席には八坂でなく飯野が座った。
さて、と思う。
予想外の人物の出現に少し面食らったが、今日の目的は、あちらは先日の心霊スポットでの出来事に対する改めてのお礼で、こちらは『見える人』 である彼女に対して色々訊いてみたい、ということだったはず。
礼はさっきもらった。今度はこっちが訊く番だ。
「じゃあ……」
「ちょっといいですか?」
被せるように、飯野がこちらの言葉を遮る。第一印象からそうだが彼女は少々強引な性格らしい。八坂の方を見やると、こちらと友達とで視線を行き来させながら、おろおろしている。
「私、田場さんに訊いてみたいことがあって」
「何を?」
「この前、真理がトンネルで倒れているのを見つけた時って、真夜中だったんですよね」
思い出すまでもなくそうだったので、一つ頷く。
「そこに田場さんがやって来て、真理を起こして、携帯がつながらなかったからトンネルを抜けた向こうで、おばさんを呼んだ」
飯野は、八坂からあの日の夜の出来事を聞いたようだ。細かい部分ではまだ諸々あったが大筋その通りなので、頷く。
「田場さんは、一体何しに来たんですか? 一人で、あんなところに」
声は明るいし、その顔には笑みが浮いている。ただ、彼女がこちらにいい印象を抱いていないことは知れた。まあ、確かに状況が状況だったので、怪しまれるのも仕方がない。
格別隠すことでもないので、正直に話すことにする。
「あのトンネルには幽霊が出るって噂がある」
「知ってます。地元なので」
「それを見に」
「一人でですか?」
「うん」
「真夜中に」
「うん」
「何で?」
「趣味で」
「真夜中に幽霊が出るってトンネルに一人で行くことがですか?」
「別にトンネル限定じゃない。それに時間は昼の時もある」
「……幽霊とか、見えるんですか」
「いや、見たことはない」
何か面接を受けているような気分になってきたが、目の前の面接官も少し困惑しているように見える。
「今まで、結構そういうことしてるんですか?」
「小学生の頃から」
「……ずっと? 一人で?」
「うん」
予想外の答えだったのだろうか。その顔から笑みが消え、眉がひそまっている。
「あの、ぶっちゃけて言いますけど……」
飯野がぶっちゃけた。
「私、あなたのこと真理から聞いたとき、怪しいなー、変な人だなーって思ったんです」
隣の八坂は先ほどから変わらずおろおろしている。
「友達がお世話になった身でこんなこと言うのもなんですけど……。この子、昔から変な人とか良くない人間に絡まれることが多くって。トンネルの話も聞いたんですけど、周りの人はこの子置いて逃げ帰るし、その後別の知らない男の人が『偶然』 通りかかって助けてくれたなんて言うし。で、今日その人と会うって言うし」
「由美……」
「ごめん言わせて。で、会って話を聞いたら、一人で真夜中に幽霊が見える場所に行くのが趣味の人、ですか? それってやっぱりちょっとおかしいですよね?」
まあ、そうだろう。他人に迷惑を掛けない限りにおいては許される。と自分の中では整理しているが、それを他人に押し付けるつもりはない。
「そうだな」
「そうだなって……、大体、あなた今日一体何しに来たんですか。あ、いえ、呼んだのは真理の方らしいですけど……。でも、何か私、……ぶっちゃけ、怖いんですけど!」
再び飯野がぶっちゃけた。
「この子はそういうとこ疎いから……、でも、絶対変な人じゃないですか。怖いじゃないですか。そんな変な人と会ってどうするんですか」
別にこちらはどうするつもりもないが、彼女の剣幕がすごすぎて口を挟めない。それは、隣の八坂も同様らしかった。
「……すみません、言いすぎました。この子も『悪い人じゃないと思う』 って言ってたんですけど。私、どうしても心配で。絶対変な人だと思ったので。で、実際今も変な人だと思ってます」
あちらは改めて礼が言いたかった。こちらは改めて霊の話を聞きたかった。それだけのはずだったのだが。隣の八坂はおろおろを通り越して涙目になっている。
これは、この後八坂に話を聞くことは無理だろう。最低限、何とかこの場を和ませつつ解散したいものだが、残念ながら自分は口下手だ。
さて、どうしたものか。
「あ、先輩だ」
困っていると、背後から聞き覚えのある声がした。
振り向くと、一人の見知った男が丼の乗ったお盆を持って立っていた。銀橋という名の後輩で、よくウチに飲みに来る奴らの中の一人だ。
「ありゃ、両手に花とか羨ましいすね。僕もお邪魔していいすか、何か今日席無くって」
言いながら、返事も待たずに隣に座る。そうして彼は三人を見回し、「あれ、みなさん、何も頼んでないんですか?」 と言って不思議そうに首をかしげた。
飯野が困惑と不満と不審を浮かべた目で銀橋を見ている。
「……ちょっと、今、話をしてるんだけど」
「あ、お構いなく。僕昼飯食べるだけなんで」
「別の席で食べてもらえない?」
「空気になりますんで」
「邪魔してるの、分からない?」
「二人の邪魔ってことすか?」
「……二人?」
「先輩と、この人」
そう言って、銀橋は八坂を掌で指した。
「元々は二人で会う予定だったんでしょ」
「何で知って……、盗み聞きしてたの?」
「耳がいいもんで。それに、結構大声でしたよ」
飯野の顔が少し赤くなる。羞恥か興奮か。
「何なのこの人……」
「先輩の、後輩す」
「そんなこと聞いてない」
「そちらは?」
「……はい?」
「そちらはどういった関係で?」
銀橋は笑顔を崩さず興味津々といった様子だ。この後輩の出現で場は明らかに混乱してきていた。
「どうでもいいでしょ」
「どうでもいい関係?」
「違っ……、もうホントに何なのあなた……」
「お邪魔虫す。二匹目の」
その言葉に、飯野がギッと睨み返した。その視線はこちらが委縮するほどだったが、当の銀橋はどこ吹く風で、箸を持ち手を合わせると、「あ、冷めるんで、お先に」 といいながら丼のうどんを美味そうに食べ始めた。
暖簾に腕押し豆腐に鎹、といったところだろうか。さすがの飯野も睨むのをやめ肩を落とした。そうして、「ふー」 と長い息を吐くと、
「……面倒くさい友達だとは、自覚してます。この子にそう思われていることも」
「由美、そんなこと……」
「でも結局尻拭いするのは私。今回の『新しい友達』 もそう。先に逃げ出したのはあいつらなのに真理を責めだして……。昔っからあんたが選ぶ『友達』 は、ろくなもんじゃないんだから」
自覚があるのだろう。八坂は顔を伏せてしまった。こちらも何も言えない。隣でずるずるうどんをすする音が聞こえる。
「独り立ちは結構、新しい友達を作るのも結構。でも、もうちょっとマトモなのにしてよ。いつもいつも勝手に自爆して死にそうな顔しないで。……見捨てるなんてできないし。ちょっとはこっちの身にもなってよ」
沈黙。うどんをすする音。
「で……、でもね由美」
その内、俯いたまま八坂がしぼり出すように言った。
「わ、私、トンネルで田場さんと話したの……」
「話したって……、何を?」
「色々、その、私が見えることとか。怖がりで、……すぐ気を失うこととか」
「はあっ? 話したって、それ他人に……、あんた今までどれだけそれで苦労してきたか覚えてないの?」
「でも、私、田場さんの目の前で気を失っちゃって……、トンネルの中で」
「嘘……それ、聞いてないんだけど」
「ごめん。でもね……、それでも田場さん、すごく普通だったから」
そうだっただろうか。自分としては目の前で彼女が失神した時、大いに取り乱した気がする。
「だから、ちゃんとお礼を言わないとと思って……」
飯野は何も言わない。こちらも何も言えない。銀橋もさすがに箸を止めている、と思いきや、すでに汁を残して食いきっていた。
「……あー、うん。そっか」
しばらくして飯野が突然笑い出した。口に手を当て、可笑しそうにくすくすと。
「そっかそっかぁ」
笑いすぎてか、目じりに浮かんだ涙をぬぐいながら飯野が言った。
「あんたが懲りない人ってこと、忘れてたわ」
そうして彼女はさっと立ち上がると、こちらに向かって深々と頭を下げた。
「色々言ったり邪魔してごめんなさい。私は出ますから、あとはごゆっくり」
「由美……」
「大丈夫。また失敗したら私が尻拭いしたげるから。じゃね、頑張って」
八坂が何とも言えない目で友達を見やる。その視線をかわすように、彼女は軽やかに食堂を出ていく。三人でその背を見送った。
何か台風でも過ぎ去った後の様だ。素直な感想としては、強烈だった。
次いで銀橋がお盆を持って立ち上がる。
「じゃあ、僕も退散。ついでにあの子とちょっと話してきます」
「……おい」
「大丈夫す。誤解を解くだけ。先輩はそんじょそこらの変な人じゃないですから」
「おい」
「冗談す」
「あの……」
八坂が銀橋に何かを言いかける。ただ続きが出てこないようだ。
すると銀橋は、相変わらず飄々と笑いながら、
「真理さんでしたっけ? 確かに先輩は変な人ですけど、悪い人じゃないすよ。料理めっちゃ美味いですし」
「おい」
「ではこれで」
軽く敬礼のような仕草をして、銀橋は去って行った。
そうして二人残される。
本来なら初めからこの状況であったはずなのだが、今となっては何かこうして向かい合っていることが奇跡的に思える。おそらく、向こうも同じようなことを思っているだろう。
「あ、あの、……すみません。その、由美を止められなくて」
心底申し訳なさそうに、八坂が言った。
確かに言いたい放題言われたが、少なくとも自分のことに関して、彼女の言葉は何も間違ってはいない。
「謝らなくていいよ。こっちも妙な後輩が色々言った」
「……あの人、由美と話してくるって」
「大丈夫。あいつはああ見えて考えて動いてるから」
「……」
今回もそうだ。友人の多いあいつが一人で食堂に来るとは考えにくい。こちらがごたごたしているのを見つけて、輪を離れて来たのだろう。
そういうおせっかいなところが銀橋にはある。
テーブルの上に、沈黙が流れる。
もはや彼女の『見える』ことについてあれこれ訊く気もなくなっていた。それに先の話で彼女がその体質のせいで随分苦労してきたらしいということも分かった。
彼女は、『見えるが、見たくない人』 なのだろうか。もちろん訊く気はないが、それだけはやけに気になった。
「あ、あの……、これ」
先に沈黙を破ったのは彼女の方だった。言いながら、自分のカバンから何やら包みを取り出して、こちらに差し出す。
「これは?」
「……お菓子を、作って来たので」
「お菓子」
「家がお菓子屋をやってて……、それで……、お礼になればと」
「なるほど」
「その……、め、迷惑だったら捨ててください」
「お菓子作りが趣味?」
「あ、その、……はい」
「ありがとう。もらうよ」
それから少しばかり菓子作りについての話をした。趣味の話だったおかげか、最初は堅かった彼女の口調も次第にほどけていった。
彼女は小さい頃から両親に菓子作りのいろはをしこまれて育ったらしい。昔話の中には、友達の飯野もしょっちゅう出てきた。
「由美とは家が近くで……、昔から仲が良くって、よく一緒にお菓子を作ったんです。あの子、普通に作ればいいのに、いつも何か一つ冒険するんですよ。クッキーを海苔で巻いてみたり、あんこ餅サンドイッチを作ってみたり。あ、でもあの子の作った揚げバナナ大福は美味しかったなぁ」
「発想がすごいな」
「そうなんです、本当に……」
八坂はそこで何故か言葉に詰まったようだった。
「……あの、ごめんなさい。あの子……由美が、ひどいこと言いましたけど、悪い子じゃないんです」
悪い人じゃない。何だか今日は、そういう言葉を多く聞いた気がする。
「気にしてないよ」
誰かにとって悪い奴が他の誰かにとっては大切な友達。世の中にはそういうことが間々ある。
それに飯野は、真剣で必死だった。
「友達想いなんだろう」
あとそもそも、自分の趣味が妙な趣味であることは言われるまでもなく自覚している。
八坂がこちらを見やる。これまでからするに、彼女は人と視線を合わすのが苦手らしいが、この時はしっかりと目が合った。
「……ありがとうございます」
そう言って、彼女がぺこりと頭を下げた。謝罪の言葉はたくさん聞いたが、感謝をされたのは初めてだ。
それからもう少しばかり話をして、改めて連絡先を交換してから、食堂入り口で八坂と別れた。
一時はどうなることかと思ったが、最終的には和やかに終わることができたと言って良いだろう。
ふー、と自然に息が漏れる。えらく疲れた。
「あ、先輩だ」
後ろから聞き覚えのある声がした。声の方を向くと銀橋が食堂脇のベンチに座り、カップのアイスを食べていた。
「結構盛り上がってたみたいすね」
「見てたのか」
「話してるとこは見てないす。でもほら、出てくるの遅かったですし。さっきの別れ際の真理ちゃんの顔見たら、ありゃこれは、って感じでしたし」
「見たのか」
「見えただけす」
「まあいいけどな。そっちは話せたか?」
「うーん。誤解を解こうとしたんですけど。めっちゃ警戒されてて、最後の方はちょっと言い争いになったっす」
「そうか」
「あ、でもちゃんと近いうちに先輩んちで一緒に飲むって約束は取り付けましたから」
「……何やってんだお前」
「大丈夫す。誤解はそこで解きますから」
「そこじゃない」
「真理ちゃんも連れて来てくれるそうですから」
「そうじゃない」
「先輩の料理、めっちゃ美味いって宣伝しておきましたから」
「一体何を言い争ってたんだお前」
「うーん、四人だとちょっと寂しいですから、ヨっさんと神崎さんも呼びましょう。あ、日程調整とか買い出しは僕がやりますから」
こちらの都合は関係なく、もうすでにこの後輩の中では飲み会のプランが着々と進んでいるらしい。こうなると抵抗しても疲れるだけなので、諦める。ちなみに神崎というのは銀橋の彼女で、ヨっさんというのは自分と同じアパートに住む隣人のことだ。
「……あー、でもアレっすよね。あの二人、ちょっと、ほら、アレっすよね」
「アレじゃ分からん」
「うーん。お互いがお互いに依存してるっていうか」
「ほう」
「由美ちゃんの方が特にそう感じましたけど、私が絶対守ってあげなきゃっていう強迫観念みたいな……、でも真理ちゃんの方もそれに頼ってて……、お互いがお互いにとり憑いているというか。あー、先輩の好きそうな言葉でいうとアレっすよ、ほら、アレ」
「……」
「生き霊」
ぱこ、と持っていた包みの箱を銀橋の頭に軽く振り下ろす。
「イテ」
「大げさだ。あと、人には言うなよ」
「そうすね」
銀橋が素直に頷く。
こいつは生き霊という言葉の意味を正確に理解してないのだろう。背後霊のようにべったりとくっつくような関係をそう表現したのだろうが、生き霊とは、生きている人間の魂が身体から離れて動き回る現象のことだ。
ただ、先ほど八坂と話していた時のことを思い出す。
確かに自分も感じた。彼女の話の節々に、言葉の裏に、その背後に、飯野由美という人間を。
あれがもっと強くなったモノが、生き霊なのかもしれないな。
そんなことを思う。
「あー、そうだ」
アイスを食べ終わった銀橋が、空のカップををゴミ箱に投げ入れながら言う。
「さっきの飲み会の話じゃないんですけど」
「何だ」
「今日そっち飲みに行っていいすか」
「……」
「ヒマなんで」
正直今日は帰って休みたいのだが、駄目の二文字が出てこない。あの時、あの場に銀橋が来てくれてほっとしたのは確かだ。というかこいつはそれを分かって言っている気がする。
「いいすか」
「……彼女んとこ行けよ」
「ケンカ中す」
「またか」
「またす。飲み会までには仲直りしときます」
ため息を吐いて歩き出す。その後ろを銀橋が、「さすが先輩」 と指をはじきながら嬉しそうに着いてきた。
銀橋と一緒に大学近くのぼろアパートに着くと、部屋の前で、飲み会の匂いでも嗅ぎ付けたのか隣人のヨシがドアから顔をのぞかせた。
こちらを見るとヨシはただ一言、
「よっしゃ」
そう言ってにやりと笑った。
その後結局、奴らは日付が変わるまで飲み続け、冷蔵庫の中身と八坂からもらったやけに美味いクッキーをほとんど食いつくし、あまつさえ押し入れの中の掛布団と敷布団を二人で占領し、帰ったのは朝になってから。
まあ、何時ものことなのだが。
とり憑かれているという意味においては、こいつらの方がよっぽど生き霊だ。
そんなことを思った。
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