怖い話&不思議な話の投稿掲示板
投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2018/06/30
『自殺の名所である橋』 がある。
海沿いの湾に掛かった大きなアーチ状の橋で、朝昼晩問わず自殺者の霊に出会える、『●●県の心霊スポットと言えばそこ』 というくらい有名な橋だ。
現在は跳び下り防止用の返しのついたフェンスが設置されているのだが、未だにそれすら乗り越え跳び下りてしまう人が居るらしい。
小さなころから単騎での心霊スポット巡りを趣味かライフワークとしている身としては、この橋にはそれこそ朝昼晩問わず日を変え趣向を変え何度も足を運んだ。
残念ながら自分はまだ幽霊に出会ったことはないが、手軽に足を運べる心霊スポットとして広く認知されている。
というわけで、後輩が行って来たらしい。
五月上旬。その日は夕方から同じアパートの隣部屋に住むヨシと大学後輩の銀橋との三人で宅飲みをすることになっていた。
二人がやって来たのは午後六時ごろ。ヨシが野菜や肉といった食材、銀橋が酒を持ち込み会場と料理担当は自分といった形で、いつも通りの飲み会だ。
適当に何品か作ってやったところで三人缶ビールで乾杯をした。
「何か今日えらい寒くないすか?」
五月に入っても未だ現役の炬燵に両腕の肘まで突っ込みながら、銀橋が言った。
「先輩いい加減ストーブかエアコン買いましょうよ」
「冬になったら考える」
「えー」
「そんなこと言ってこいつ絶対買わないよな」
大皿の青椒肉絲をつまみながら、ヨシがからかうように言った。
確かに、ここ数年冷暖房器具は扇風機と炬燵のみで過ごしてきたが、別に不便を感じたことは無い。
「めっちゃ寒いっす」
「なら今からヨシんとこに場所替えするか?」
「ここがいいす。ヨっさんちは散らかってて狭くて落ち着かないんで」
「おーおー、わがままな後輩だぁ」
「お前は部屋片付けろよ」
そんな感じでいつも通り、ぐだぐだと飲み食いしながらしばらく経った後のことだった。
「そう言えば銀橋さー、お前昨日の夜どっか行って来たか?」
少し赤くなったヨシが銀橋に尋ねた。
「え、何すか?」
「いや、お前昨日の真夜中、自転車でザック背負って走ってたろ」
「あー、はい」
「どこ行ってたんだよ」
「秘密す」
「あ、彼女んとこか」
「いや、彼女とはケンカ中す」
「じゃあどこ行ってたんだよ」
「秘密す。いてて、足蹴らんといてください」
「蹴ってねーよ。でも何で秘密なんだ」
「それも秘密す。……あいたっ、だからって足つねるのやめて。暴力反対」
「いや俺じゃねえって」
とは言うが、自分でもないので犯人はヨシだろう。
「まあ、この話はやめましょ」
そうして銀橋は目の前の料理をぱくつき、「めっちゃ美味いっすね、これ」と笑った。
珍しい態度だなと思う。こいつは普段あっけらかんとしていて、隠しごとなどあまりしないタイプだ。
ヨシも同じ気持ちだったのか、無言でこちらを見やっている。なるほど確かに気にはなるが、言いたくないなら無理に言う必要はない。
「……あ、そうだ。おまえさ、あれ飲もうぜアレ」
こちらを見やったままヨシが言った。
「あれ?」
「ほら、お前がたまに行くバイト先のマスターにもらったやつ」
「あー」
そう言えばそんなものもあった。テーブルの上の酒も大方無くなってきているので、丁度いいと言えば丁度良い。
立ち上がり台所の棚から果実酒の瓶を取り出して来て、テーブルの上にどんと置く。
「何すかこれ?」
銀橋が目を丸くしている。
「梅酒。バイト先のマスターが毎年漬けててな。もらったんだ」
ヨシが早速コップの中にとろりとした液体をそそぎ、銀橋に手渡した。
「まーまー、飲んでみろよ。驚くからよ」
「……何か、毒でも入ってるみたいに黒いんですけど」
「あー確かそれ、黒糖使ってるんだよな」
「そう言ってたな」
一つ間をおいて、銀橋がちびりと口をつける。
「……うわ、何すかこれ」
その目がまた丸くなっている。
「めっちゃ美味い」
「だろー」
何故注いでやっただけのヨシが得意げなのか。
とはいえ自分は滅多に晩酌をせず梅酒もそんなに飲まないので、こういう場で消費する方が酒にとっても幸せだろう。
「好きに飲んでいいぞ」
「マジすか」
隣でヨシが、『おぬしもワルよのう』 みたいな顔をしているが、こちらとしては後輩に美味い酒を飲ませているだけである。他意はある。しかし強制しているわけじゃない。酒を飲むも秘密をばらすも後輩次第だ。
ちなみに銀橋は泣き上戸で酔うと一人称が僕から俺になる。そうしてこの三人の中では一番酒に弱い。
梅酒を呑み始めて一時間と経たずに、その目からぽろりぽろりと涙がこぼれ始めた。
ちなみに今回捕まったのはヨシだった。
「……今彼女とケンカ中なんすけどぉ、どうしたらいいんすかねぇ」
泣き上戸に加え、今日はやけに愚痴る。
「あーそうなんかーつらいなー。ってかおまえ前もケンカしてなかったっけー?」
「そうなんすよぉ、毎回くっだらない理由でケンカになって、……俺が謝れば済むんですけどぉ」
「じゃあ、謝ればいいじゃん」
「でも、怒ってる彼女も可愛いんすよぉ……」
「知らねーよ」
「どうすればいいんすかぁ」
「痛い痛い、蹴るなって」
「めっちゃ可愛いんすよぉ……」
しばらくして、愚痴かのろけか分からない言葉を延々と吐き出し終えたのか、銀橋がテーブルの上にぱたりと倒れこんだ。これはオヤスミナサイの合図だ。飲み会時の銀橋の生態としては、たくさん食って飲んで泣いて寝る。赤ん坊か。
ただ、ヨシの話だと他の飲み会での銀橋はそうではなく、ちゃんと飲みながらも最後まで他人の世話をするらしいのだが、この姿からはまるで想像できない。
ヨシがこちらを見て肩をすくめて苦笑いをする。梅酒を飲ませたのは失敗だったか、といった顔だ。確かにあれは黒糖の他に度の強いウィスキーで作ってあるのだ。
まあ、遅かれ早かれこうはなっていただろ。と言おうとした時だった。
「……俺先輩みたいになりたいんすよぉ」
突っ伏した銀橋の腕と顔の隙間から、くぐもった涙声がこぼれた。
思わずヨシと顔を見合わせる。
「だってぇ、先輩人の目全然気にしないじゃないですかぁ……、何でですかぁ、たまに理路整然と訳わかんないこと言うし……」
悪かったなと思うが、酔っぱらいの半寝言にはつっこむだけ無駄だ。
「……昨日、▲▲大橋行ってきたんすよぉ」
ぐすぐすと銀橋がこぼす。
「一人で、自転車で、話のネタになると思って……」
▲▲大橋と言えば、自殺の名所で県下では一番といって良いほど有名な心霊スポットだ。
銀橋は昨日の夜、そこに行って来たらしい。
「何すかあれぇ、めっちゃ怖いじゃないすかぁ……、俺が渡りだした途端に車全然来なくなるし。それまでめっちゃ走ってたんすよぉ……。海見たまま全然動かないおっさん居たし……、何か飛び込んだ音聞こえたし、フェンス揺れるし、めっちゃ暗いし、めっちゃ寒いし……、怖すぎて近くの廃ホテルいけなかったし……」
怖かったのか。
そう言えば、大橋のすぐ近くにはこれまた心霊スポットの廃ホテルがあるのだった。何度か足を運んだことがあるが、そこに出るという幽霊はまだ見たことがない。
「先輩おかしいすよぉ、何で平気なんすかぁ、有りえないっすよぉ……」
ぐずりながら後輩が先輩を批判している。
「……先輩は、人の目もユウレイの目も気にしなさすぎなんすよぉ」
そうして銀橋はむくりと顔を上げると、
「俺先輩みたいになりたいんすよぉ……」
と言って、また突っ伏してしまった。今度は完全に睡眠体勢に入ったようだ。
言いたい放題言われてしまったが、酔っぱらった後輩の寝言だと思えば腹も立たない。
隣のヨシは何とも言えない顔をしている。
「『先輩みたいになりたい』 か……」
そうして奴はこちらをじっと見やり、次いで銀橋に視線を向けると、
「ちょっとおかしいんじゃねえかこいつ」
ごつん、と炬燵の中で鈍い音がした。
「いってぇ、お前本気で蹴んなよ」
「蹴ってない」
「嘘つけよ、あーいってぇ」
「いや。蹴ってない」
これは本当だった。確かに自分は蹴ってはいない。
ヨシがこちらを見やる。
「……え、マジ?」
「ずっと胡坐かいてるからな」
「でも、何かそっちの方から……」
言いかけたヨシが口をつぐみ、熟睡中の後輩を見やった。それから炬燵布団をめくってそっと中を覗きこむ。
「何してんだ」
「あ、いやー……」
「足でも増えてるか」
「いんや。ちょっと足くせぇだけだわ」
ヨシが布団を戻し顔を上げる。そうして奴は何故か銀橋の空コップに梅酒を注ぐと、つまみを乗せた小皿と一緒にテーブルの四辺の誰も座っていない席にそっと置いた。
「何してんだ」
「いんや、念のためになー」
「ほお」
「おう」
そのまま静かにしめやかに飲み会は続き、日付を超えたところでヨシもダウンしてふらふらと自分の部屋に帰って行った。
銀橋を布団に移動させ、炬燵の上の供え物だけはそのままに、あとは適当に片付けをして自分は炬燵で寝た。
次の日起きた銀橋は二日酔いのふの字もなくあっけらかんとしていた。ただ昨夜の出来事はほとんど覚えていなかった。
「▲▲橋に行ってきたんだろ」
と訊くと、「ありゃ、吐きましたか、僕」 と少々恥ずかしげに頭を掻いていた。
銀橋は▲▲橋で何かお持ち帰りでもしたのだろうか。
もしかしたら、と思い飲み会の日から一週間ほど炬燵の中で寝てみたのだが、残念ながら見えない誰かに足を蹴られる、といったことはなかった。
ヨシに話してみると、
「あの梅酒が美味すぎて成仏したのかもなー」
と言ってげらげら笑っていた。
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