怖い話&不思議な話の投稿掲示板
投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2018/06/24
『人魂が出るという噂のダム』 がある。
県境に近い二つの町に跨って作られたダムで、天端(※ダムの上部)には車がすれ違える幅の道路が走り、この辺りでは中々の貯水量を誇っている。
目撃者の話によれば真夜中、ダムを下から見上げた時にいくつもの白い人魂がダムの上空を飛び交っていたのだそうだ。
同じような話は他にもいくつかあり、ダム建設の際に沈められた村に住んでいた人々の魂だとか、ダムから飛んで自殺した人の霊だとか言われている。
と言うわけで、見に行くことにした。
その日は午前中の講義だけだったので、学食で昼食を食べた後いったん家に戻り、懐中電灯等準備を済まして出発した。
愛車のカブで川沿いの道を上流に向かってひた走る。五月。初夏というには随分と暑い日で、白く厚い雲と刺すような陽射しもまるで夏本番のようだ。
道中、道の駅のベンチで昼寝をしたり、おやつ代わりにそばをすすったりしながらのんびり走る。川と田園の向こうにダムが見えたのは午後五時を過ぎた頃だった。
青空の下、山の合間にそびえ立つ巨大な石の塊は、よくまあこんなものを一から造り上げたなと感心させるには十分な威厳を備えていた。
人魂が飛ぶにはまだ陽が高すぎるのか、ダムの周りにそれらしき光はない。
陽が落ちるまでその辺にあった定食屋で夕食兼時間つぶすことにした。ついでということで店員にダムに飛び交う人魂の噂について訊いてみると、近くの席に座っていた数人の常連らしき客と一緒に色々教えてくれた。
何となく察したのは、地元の人にとってダムの上に飛ぶ人魂は別におどろおどろしいモノではなく、夏の風物詩に近い感覚のようだ。盆に帰って来たはいいものの、故郷の村がダム湖の底で帰れずうろうろしているご先祖様の霊だとか。毎年ダム下の広場で行われる夏祭りを見に来た浮幽霊だとか。
私が聞いた、ダムから跳んで自殺した人の魂だという話は全く出なかったが、そういうものなのかもしれないな、と思う。
店員と客の話を聞きながらゆっくりとかつ丼を胃に放り込み、外が完全に暗くなった頃店を出た。
田舎町だからか街灯が少なくやけに暗い。ダムの方を見やると、天端の道路に据えられた照明が夜のダムをぼんやり照らしている。
カブで走りながら目を凝らしたが、照明の明かり以外の光は見えない。
ダム脇の道から上部へ向かう。カブが息切れするような急斜面をいくらか上ると、小さなトンネルの先に管理署の建物とダムを照らす灯が見えてきた。
管理署の駐車場にカブを停め、明かりに照らされた天端を向こう岸目指して歩き出す。
両脇には胸くらいの高さのコンクリートの塀と、その上に落下防止用だろうか、太い手摺が二本通っている。等間隔で設置された照明は目に刺さる白い光で、夜のダムをより無機質な石の塊に見せていた。
天端の長さは二百メートルほどだろう。高さはその半分くらいか。自分の他に人はおらず、車の気配もなく、噂の白い火の玉も見えない。
いつもは寂れた場所や廃墟が多いからか、こういった小奇麗な現役バリバリの建造物では、雰囲気的に少し物足りないな。と、単騎での心霊スポット巡りを趣味かライフワークとしている身としては思う。
とはいえ、ここが色々噂のある場所であることも確かだ。
三分の一ほど歩いてきたところでダム湖側の手すりから下を覗く。水面までは三十メートルほど、夜の人工湖はまるで粘り気のあるコールタールのような水をたたえ、どこか吸い込まれそうな不気味さがある。
次いで逆側の手すりから同じように下を覗く。ダム湖の方とは違い、こちらは単純な高さに腹のあたりがむず痒くなる。手摺からしばらくはストンと真下に切れ落ちているが、下部に行くにつれダムがせり出し緩く弧を描いている。もしここから跳び降りれば、しばらく落下し加速がついたとこで壁にぶつかり、何度も転がった末直視したくない姿になってしまうだろう。
定食屋の人たちは口にしなかったが、白い人魂はここから跳び降りて死んだ自殺者の魂ではないかという話もあるのだ。
その時、ふと疑問に思った。
どっち側から跳んだのだろう。
ダム湖側と下流側、どちらから飛んでも死ぬことはできるだろう。下流側はその高さからして言わずもがなだが、ダム湖側も水面までの距離は十分高い。もし着水時点で死ななかったとしても、自殺するような人間が三十メートルの飛び込みをした後、濡れた服を着たまま対岸まで泳ぎ切れるかと言われれば、それは難しいのではないか。
もし自分だったら。
先ほど両方覗き込んだ視点から言えば、下流側は絶対無理だ。あの高さは高所恐怖症でなくとも足がすくむ。ダム湖側なら頑張れば跳べるかもしれない。しかしそれは、『もしかしたら死なないかもしれない』 という心理からだ。きっぱりと死にたいのなら、下流側だろう。でも生に未練があるのだから人魂になっているのだろうし、そういう人はダム湖側から跳びそうな気もする。
ぐるぐると考えたが、結局自分には自殺者の心理は分からない、という結論に達した。
分からないと言えば、そもそもダムに出る白い人魂が自殺者の魂か、帰る故郷のなくなった村の住民の霊なのかも分かってはいないのだ。
もし人魂が出てきたら訊いてみようか。しかし実際実物に遭遇してしまったら、奇声を上げて走って逃げ出してしまうような気もする。
それもまた出くわしてみなければ分からない。
ダムの天端をゆっくり一往復してみたが、白い人魂が現れることはなかった。
仕方がないので帰ることにする。カブに跨り、いつもの様に微かな失望と一握りの安堵とよく分からない満足感を覚えながら、夜のダムを後にした。
大学近くのぼろアパートに帰ると、こちらの帰宅を嗅ぎ付けた隣部屋のヨシが、いつもの様に酒とつまみのタネを持ってやって来た。
実家から送られてきたという野菜をどっさり渡されたので、それらのいくつかを使って簡単な浅漬けと野菜炒めを作って出してやる。
安酒で乾杯した後、いつもの訳知り顔でヨシが言った。
「今日はどこ行ってきたんだよ」
「△△ダム」
「おー。俺のホームグラウンドじゃん、そこ」
そう言えば、ヨシの生まれ故郷はあのダムの付近の町だと聞いたことがあったような、無かったような。
「あれ、でもあのダムに怪談話なんてあったっけ?」
不思議そうに首をかしげるヨシにダムにまつわる噂を、定食屋で聞いた話や今日の自分の体験談を交えて話してやった。
「……白い人魂?」
「そう」
「夏に出る?」
「聞いた話だとな」
「ダムの上を飛んでる? 下じゃなくてか?」
「下っていう話は、聞いてないな」
果たして自殺した者の魂か、はたまたダム湖の下に沈んだ村の元住人か。と、続けようとしたが、何となく雰囲気を察してやめた。
ヨシが腕を組んで何事か考えている。
「うーん」
唸っている。
「何だよ」
「……いや、一つ聞いてほしんだけどさ。俺は別に幽霊とか妖怪とかUFOとか、そういうもの全般を否定するわけじゃないんだけどな?」
「ほう」
「俺がガキの頃さ、あのダムの上って結構な穴場だったんだよ」
「穴場?」
「カブトムシとか、クワガタの」
「ほう?」
「あの辺って暗くなるとダムの上が一番明るいだろ? だからその光めがけて色々な虫が寄ってくるんだよ」
ヨシが何故いきなり虫の話を始めたのかは分からないが、酒を飲みつつ黙って聞いておくことにする。
「でだ。夜中に数人で虫取り網もってダムに行って、網を持ったまま飛んでるやつを追ったり、あちこち振り回したりしてたわけ」
「ほー」
「そしたら警察呼ばれてさ」
「ほう」
「『ダムの上に白い人魂が飛んでいるからどうにかしてほしい』 って通報があったらしくてよ」
「……ほぉ」
「どうも下から見てたやつが居たみたいで。ほら、俺らまだ子供だったから背も低いし下からだと手摺で見えんでよ。その割にはでかい大人用の虫取り網とか持ってたからさ。その人からしたら、妙な白い人魂みたいなものが何個もダムの上をふらふら飛び回ってるように見えたんだな」
「……」
「最初はガキだけで遊んでるから通報されたのかと思ったけど、よりによって人魂と間違われるとは思ってなかったなー」
「……」
何も言えないこちらをよそに。ヨシは作ってやった野菜炒めに箸を伸ばし一口酒を飲むと、「全く笑い話だよなー」 と言って、可笑しそうにげらげら笑った。
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