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投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2018/06/24
『おばけ煙突』 と呼ばれる煙突がある。
おばけ煙突といえば、かつて大都会のど真ん中に立っていた四本煙突のアレが有名だが、ここでいうおばけ煙突は辺鄙な田舎町のはずれの小高い丘に立つ白い煙突のことだ。
もともとはコンクリート工場で、廃業に伴い主要な建物は壊されたのだが、何故か煙突だけが残されており。取り壊す際に色々あったらしい。工事中、重機に乗っていた作業員がことごとく体調を崩しただの、作業中の事故で一人亡くなっただの、工事の監督が行方不明になっただの。とにかくこの煙突はゲンが悪い。
廃棄物と一緒に燃やされコンクリートに混ぜられた人間の霊が出るだとか、煙突から真っ赤な煙が出ていただとか。
工場がなくなった今、ただ一つ残った煙突はそれら悪い噂を一身に受けて、立派な心霊スポットと化している。
というわけで、見に行くことにした。
朝方、愛車のカブに跨って大学近くのぼろアパートを出発した。今回は県を跨ぐのでかなりの遠出だが、空はすかっと晴れていて、風も気持ちがいい。
途中で昼食をとり、おばけ煙突のある町にたどり着いたのは午後二時ごろだった。
小さな町であまり高い建物もなく、街並みの背後、こんもりとした丘の上に一本の煙突が突き刺さっている。おばけ煙突というよりは、町を見下ろす監視塔といったところか。
緩く曲がりくねる坂道をしばらく走ると、工場入り口に到着した。門扉は半分瓦解し開いており、『私有地につき立ち入り禁止』 と張り紙がされている。
カブに跨ったまま門の外から中を覗く。前情報の通り、煙突以外の建物は綺麗に壊されていて、小高い丘いっぱいにがらりと広い。こうしてみると、確かに煙突だけ残されているのが奇妙なことに思える。
当の煙突は遠くから見たときよりもくすんで見えた。煙突下部の建物には色とりどりの落書きがされている。屋根に上ったのか、煙突に直接書かれたものもあった。
単騎での心霊スポットめぐりを趣味かライフワークとしている身からすれば、基本的にこういう場所の落書きは雰囲気を損ねるだけだと考えているのだが、ここの落書きには、味気ない白色の煙突が頑張って自身をデコレートしたような、妙な微笑ましさがあった。
中に入ってもっと近くで見てみようかとも考えたが、こんな真昼間から堂々と不法侵入するのもどうかと思い、とりあえず下の町で時間をつぶし夕方頃また来ることにした。
町の自動販売機で飲み物を買い、その辺の公園のベンチに座り休憩していると、ふと丘の上の煙突から煙が上がっているのが見えた。
白い煙。
廃されたはずの煙突の先からひょろひょろと、徐々に薄らいで広がっている。
ついに来たか。
と身構えるが、しばらく眺めていると正体が見えた。雲だった。ただ、真っ青な空の中、丁度煙突の先から伸びる一筋の雲はパッと見た限りでは本物の白煙と見分けがつかない。
おばけむり、正体見たり、雲ひょろり。
まあ期待した末何も無いのは、いつものことだ。
とりあえず、雲が霧散してしまう前に写真を一枚撮る。その傍らで、小学校低学年くらいの二人の子供が、こちらを不思議そうに眺めていた。何を撮っているのかと思ったのだろう。
「おばけ煙突から、煙が出てるぞ」
それだけ教えてやってベンチを立った。世知辛い現代、不審者と間違われても困る。カブに跨りエンジンを掛けようとした時、背後から、「ホントだ、スゲー!」 「コエー!」 とはしゃぐ声が聞こえた。
煙の正体が雲だとばれる前に退散する。
それから近くにあった貸しビデオ屋で時間をつぶし、そろそろ陽も陰って来たところで、再び煙突に向けてカブを走らせた。
夕暮れの中の煙突は陽を背にしているせいか、細長い棒のシルエットと化している。
門の前に着くと同時に、西の山の向こうに陽が沈む。夕日の名残はまだ残っているが、辺りが目に見えて暗くなる。そうなると先程とは打って変わり、薄闇に白い煙突が、ぬぼう、と浮かび上がる。
門から少し離れた位置にカブを停め、壊れた門扉を跨ぎ越える。自分の他に不法侵入者は居ないようだが、一応用心のためライトはつけずに煙突へと向かった。
煙突とその下部の建物は、朽ちているとまではいかないが年月相応に荒れ寂れていた。壁には所々によく見かけるデザインの落書きがそれぞれ自己主張していて、遠目から見たときは味気ない建物に添えられた飾りにも思えたが、やはり落書きは落書きだ。
建物の傍で、ほぼ真下から煙突を見上げる。
改めて、大きな煙突だ。
そう言えば、ここの数ある噂の中には煙突清掃員の事故も含まれていたことを思い出す。作業員が作業中に落ちて怪我したり亡くなったりしたのだそうだ。それも何人も。
煙突にへばりつく幽霊でも見えやしないかと目を凝らしたが、何も見えない。赤い煙でも出てやしないかとさらに視線を上げてみたが、出てやしない。
そもそもここには、『これ』 といった噂話は無い。小さないくつもの話が積み重なって出来てあって、お得感はあるが、心霊スポットとしてははっきりとした実体の無い、何だか薄ぼんやりとした……、
ああ、なるほど。
だから、『おばけ煙突』 か。
しばらく見上げていると、首が痛くなった。せっかく心霊スポットに居るのだから首が痛くなるより肩が重くなったりしてほしいのだが。それとも、見えていないだけで実は幽霊に首を絞められているのかもしれない。いや明らかにそういう痛みではないけども。
それからしばらく粘ったが、煙も幽霊も何も出なかったので帰ることにした。
せっかく法を犯してまで入ったので、不法侵入者らしく、門からではなくカブを停めたところに近い塀を乗り越えて外に出た。特に意味はない。
カブに跨り、おばけ煙突の立つ町を後にした。信号で停止した際振り返ると、暗やみの中、ぬぼう、と浮かぶ白い煙突は確かにひょろりと背の高い一匹のおばけのように見えなくもなかった。
夕飯も帰りがけに済ませ、ぼろアパートに帰りついた時には、時刻は午後十一時を若干過ぎていた。
自分の部屋に入ろうとすると、隣の部屋のドアが開いて家主のヨシがのそっと顔を出した。
「……おまえー、また行ってきたのかぁ」
飲み会でもして来たのか、随分酔っているらしい。少しだけ開いたドアからずるずると外に出てきて、何故かこちらの部屋に一緒に入ろうとしている。
「……水をくれ」
「自分とこで飲めよ」
「……駄目だ。蛇口が四つに見えるんだ」
なら四つとも捻ればいいだろうに。とは口に出さず、仕方なくだが水を出してやることにする。台所でコップ一杯の水を飲み干すと、ヨシはようやく息を吹き返したようだった。まだ随分酔ってはいるが。
「飲みすぎだろ」
「ええー、水一杯くらいケチケチすんなよー」
「酒な」
「ああー、酒かぁ。酒はー……、いっぱい飲んだなぁ」
「ほー」
水を飲んで帰るのかと思ったら、奴はそのまま居間のテーブルの前にどかっと腰を据えてしまった。
「おーい、今日はどこ行ってたんだよー」
「○○町のおばけ煙突」
「おばけえんとつー? あー、おばけの煙突ねー」
そうしてヨシはうんうんと頷くと、
「そのおばけの煙突は見れたのかよ」
「煙突は見たぞ」
「えー、何て?」
「煙突は、見た」
「えっ、お前見たって言った?」
「見た」
「おばけ?」
「おばけ煙突な」
「おおーっ、すげーじゃん」
何やらこの酔っぱらいは、おばけ煙突が煙突の幽霊だと勘違いしているらしい。「そーかぁ、お前もついに見たのかー」 などと感銘深そうに何度も頷いている。今説明してやるのも面倒くさいので放っておくことにした。
「そういや写真あるぞ」
「おーっ、しんれー写真まであんのかぁ」
デジカメを取り出し、今日撮った写真をヨシに見せる。ヨシはしばらく、「んー?」 などと言いながら写真を眺めていたが、
「これー、普通の煙突じゃん。煙出てるし」
「いや、煙は出てない。そもそも廃工場だしな」
「……んー? あ、煙も合わせて幽霊なわけか?」
「いや、そういうわけじゃない」
「んー?」
「その煙突も別に幽霊じゃない」
「んんー?」
画像をいろんな角度から眺めながら。赤ら顔の隣人は、何やら煙に巻かれたような顔をしていた。
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