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『寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。』4/4

「『寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。』3/4」の続き
寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。

235 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 12:11:39.81 ID:3etpqdGe0
生活は一気に変わった。
俺は自分に言い聞かせた。考えろ、考えろ、考えろ。
どうすれば残り数ヶ月で彼女の借金を返せる?
どうすれば彼女が安全に暮らしていけるようになる?

こういうときに宝くじを買ったり賭け事をしてもうまくいかないってことは分かっていた。
いつだって、賭け事は金があまってるやつが勝つし、
宝くじは変化を望んでないやつが当たるんだよ。

俺はかつてのミヤギのアドバイスに従い、
ひたすら街を歩きながら考えたんだ。
次の日も、その次の日も、その次の日も。
どこかに、自分にぴったりな答えが転がってると期待して。

その間、口にはほとんど物を入れなかったな。
空腹がある一定のラインを越えると、
頭が冴え渡ることが分かったからだ。


237 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 12:15:55.35 ID:3etpqdGe0
ミヤギはそんな俺のことを心配してか、
「ねえ、自販機めぐりに戻りましょうよ」と何度も言った。
「私も自販機見るの好きになっちゃったんです。
あなたの背中にしがみついてるのも、好きだし」

それでも俺は歩き続け、考え続けた。
視野はどんどん狭まって、思考も偏っていって、
とてもアイディアなんか思いつく状態じゃなかったな。

気が付くと、以前よく訪れていた古書店の前にいた。
俺は店長の爺さんの顔が恋しくなって、中に入った。

爺さんはいつも通り、野球中継を聞きながら本を読んでいた。
俺はこの数十日で起きた一連の出来事を彼に話したかったが、
そんなことしたら爺さんが罪悪感を覚えるかもしれないから、
結局あの店には行かなかったふりをすることにした。


238 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 12:19:18.32 ID:3etpqdGe0
何気ない会話を、二十分くらい交わした。
会話は全然噛み合ってなかったんだが、
それでも俺は独特の安らぎを覚えたな。

去り際、俺はさりげなく爺さんに訊ねた。
「自分の価値を高めるには、どうすればいいと思います?」

爺さんはラジオのボリュームを落とした。
「そうさな。堅実にやる、しかねえんじゃないか。
それは俺には出来なかったことなんだけどな。
なんつうかな、結局、目の前にある『やれること』を、
一つ一つ堅実にこなしていくこと以上にうまいやり方はねえんだ。

――だが、それよりももっと大切なことがある。
それは『俺みたいな人間のアドバイスを信用しない』ってことだ。
成功したことがないくせに成功について語っちまうようなやつは、
自分の負けを認めたがらないクズばっかりだからな」


239 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 12:22:28.59 ID:3etpqdGe0
古書店を出た俺は、その流れで、
いつも通っていたCDショップに足を運んだ。
店員の兄ちゃんには、爺さんについたのと同じ嘘をついた。

しばらく最近聴いたCDの話をした後、俺はこう聞いた。
「限られた期間で何かを成し遂げるには、どうすればいいんでしょうね?」

「人を頼るしか、ないんじゃないっすかね」と彼は言った。
「だって、自分一人の力じゃ、どうにもならないんでしょう?
と来たら、他人の力を借りるしかないじゃないですか。
俺、個人の力ってのをそこまで信用してないんすよ」


240 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 12:26:24.50 ID:3etpqdGe0
参考になるんだかならないんだか分からないアドバイスだったな。
外ではいつの間にか、夏特有の大雨が降ってた。
俺が店を出ようとすると、さっきの兄ちゃんが傘を貸してくれた。

「よく分かんないけど、何か成し遂げたいなら、
まず健康は欠かせませんからね」とか言ってさ。

俺は傘をさして、ミヤギと並んで帰った。
小さい傘だったから、お互い肩がびしょ濡れになった。

傍から見たら俺は、見当違いな位置に傘をさしてる馬鹿に見えただろうな。


242 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 12:33:36.16 ID:3etpqdGe0
「こういうの、好きだなあ」とミヤギが笑う。
「どういうのが好きなんだ?」と俺は聞きかえす。

「周りには滑稽に見えるかもしれないけど、
あなたが左肩を濡らしてることには、
すっごく温かい意味がある、ってことです」

「そうか」と俺ははにかみながら言った。
「恥知らずの、照れ屋さん」とミヤギは俺の肩をつついた。

すれ違う人たちが俺のことを不審そうに見ていた。
そこで、俺はあえてミヤギと話し続けてやった。
ここまでくると異常者扱いされるのが逆に楽しかったし、
何より、こうすることでミヤギは喜んでくれるから。
俺が滑稽になればなるほど、ミヤギは笑ってくれるから。


243 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 12:38:53.96 ID:3etpqdGe0
商店の軒先で雨宿りしていると、知った顔に出会った。
同じ学部の、挨拶程度は交わす中の男だ。
そいつは俺の顔を見ると、怒ったような顔で近づいてきた。
「お前、最近いったいどこで何してたんだ?」

俺はミヤギの肩に手をおいて、言った。
「この子と遊び回ってたんだよ。ミヤギっていうんだ」

「笑えねえよ」と彼は不快そうな顔をして言った。
「あのな、クスノキ。前から思ってたが、お前病んでるんだよ。
人と会わないで自分の殻にこもってるから、そういうことになるんだ」

「あんたがそう思うのも、無理はないよな。
俺があんたの立場だったら同じ反応を示したと思う。
でも、確かにミヤギはここにいるんだよ。その上、かわいいんだ」
俺はそう言って一人で大笑いした。
彼はあきれた顔をして去っていったな。


244 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 12:49:25.70 ID:3etpqdGe0
通り雨だったらしく、雨はすぐにやみ始めた。
空には、うすぼんやりと虹が浮かんでいたな。

「あの、さっきの……ありがとうございます」
ミヤギはそう言って俺に肩を寄せた。

”堅実に”、か。
俺は古書店の爺さんのアドバイスを思い出していた。

考えてみれば、俺にはできる事があるんだよな。
『借金を返す』って考えに縛られてたけどさ、
こうやって俺が周りに不審者扱いされることだけでも、
彼女はずいぶん救われるらしいじゃないか。

そうなんだよ。俺は彼女に、確実な幸せを与えられるんだ。
目の前にやれることがあるのに、どうしてそれをやらない?


245 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 12:54:27.22 ID:3etpqdGe0
バスに乗って、俺たちは湖に向かった。
そこで俺がやらかしたことを聞いたら、
大半の人間は眉をひそめるだろうな。

周りには一人客に見えているのを承知で、
俺は「あひるボート」に乗ってやったんだ。

係員の男が「一人で?」という顔をしたので、
俺は彼には見えていないミヤギに向かって、
「さあ、行こうぜ」とか声をかけてやった。
係員、半分怯えたような目をしてたな。

ミヤギはおかしくてしかたがないらしく、
ボートに乗っている間もずっと笑っていた。
「だって、成人男性一人であひるボートですよ?」
「なんか、一つの壁を越えた気がするね」と俺は言った。


246 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 13:00:47.32 ID:3etpqdGe0
一人あひるボートの後も俺は、
一人観覧車、一人メリーゴーランド、一人水族館、
一人シーソー、一人プール、一人居酒屋、
とにかく一人でやるのが恥ずかしいことは大体やったな。

どれをやるにしても、俺は積極的にミヤギに話しかけた。
頻繁に彼女の名前を呼び、手をつないで歩いた。

段々と、俺は不名誉な感じの有名人になっていった。
俺の顔見るだけで指差して笑う人も、かなりいたな。

ただ、幸運なことに、俺はいつでも幸せそうな顔をしてたから、
俺を見て逆に楽しい気分になる人もそこそこいたらしいんだ。


248 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 13:04:53.78 ID:3etpqdGe0
そして、俺の行為をパフォーマンスだと思い込む人も増え始めたんだな。
俺のこと、腕の立つパントマイマーだと褒めちぎるやつもいた。

逆に、「ミヤギさんは元気?」とかたずねてくる人も現れ始めてさ。
そう、徐々にだが、ミヤギの存在は受け入れられ始めたんだよ。

もちろん皆、透明人間の存在を本気で信じたわけじゃなくて、
なんつーか、俺のたわごとを、共通の“お約束”として扱い、
俺に話を合わせてくれるようになった、って感じ。
俺は「可哀想で面白い人」扱いを受けるようになったんだ。

この夏、俺はこの街で、一番のピエロだったんじゃねーかな。
良くも、悪くも。


249 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 13:08:09.76 ID:3etpqdGe0
そうそう、居酒屋で一人乾杯をしてたとき、
俺は隣の席の男に声を掛けられたんだ。
「あのときの人ですよね?」とか言われた。

こっちは向こうに見覚えがなかったんだが、
そのいかにも音大生って感じの男は、どうやら、
あの日俺が一万円を配ったうちの一人らしかった。

「最近、あなたの噂をよく聞きますよ。
まるで隣に恋人がいるかのようにふるまう、
一人で幸せそうにしている男の人の噂」

「そんなやつがいるんですねえ」と俺は言い、
「聞いたことある?」とミヤギにふった。
ミヤギは「知りませんねー」と言って笑った。

男はそんな俺の様子を見て、苦笑いする。
「……あの、僕には何となく分かるんですよ。
あなたの一連の行動には、深いわけがあるんでしょう?
よかったら、僕に話してくれませんか?」


250 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 13:12:42.82 ID:3etpqdGe0
そんな風に聞いてくれた人は初めてだったな。
俺は彼の手を取って、深く礼を言った。

それから話したんだよ、今までのこと。
貧乏だったこと。寿命を売ったこと。監視員のこと。
親のこと。友人のこと。タイムカプセルのこと。
未来のこと。幼馴染のこと。自販機のこと。
そして、ミヤギのこと。

話の途中、俺はつい口を滑らせて、こんなことを言った。
「本人に直接言ったことはないんですけどね、俺、ミヤギのこと、
自分でもどうしたらいいのか分からないくらい、深く愛してるんですよ」

隣にいた本人は酒をこぼしそうになってたな。
だってその通り、俺が直接ミヤギに対して「愛してる」なんて言ったことは一度もなかったから。
ミヤギの反応が面白くて、俺は笑い転げたな。


251 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 13:17:10.35 ID:3etpqdGe0
「だからこそ、三十万を無駄に使ってしまったこと、
そして彼女を疑ってしまったことへの償いがしたいし、
何より、彼女の借金を少しでも減らしてやりたいんです。
あの子には、こんな危ないことを続けさせたくないんですよ」

でも、俺が真面目になればなるほど、世界はしらけるんだ。

男はうさんくさそうな顔をしてたね。
俺の話なんて、ちっとも信じちゃいなかったんだ。
多分こいつは、話でも聞いてやれば、
また俺が金をくれるとでも思ってたんだろうな。


252 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 13:19:40.16 ID:3etpqdGe0
男が去り、俺が帰り支度を始めると、
今度は後ろに座っていたおっさんに声を掛けられた。

「すみません。盗み聞きする気はなかったんですけど、
さっきの話、つい最後まで聞かせてもらっちゃいました」
安物のスーツを着たおっさんは、頭をかきながらそう言った。

「……で、率直に、どう思いました?」と俺は聞いた。

「その子、きっと、そこにいるんでしょう?」
おっさんはミヤギのいるあたりを見ながら言った。

「おお、よく分かりますね。そうなんですよ、かわいいんです」
俺はそう言ってミヤギの頭を撫でた。
ミヤギはくすぐったそうに目をつむっていた。

「やっぱりそうですよね。……あの、申しわけないんせんが、
少々お二人の時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

”お二人”の箇所を強調して、おっさんは言った。


253 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 13:23:11.29 ID:3etpqdGe0
おっさんは言う。
「自分語りになってしまいそうですから手短に済ませますが、
クスノキさん、私もあなたと似たような経験があります。

ちょうど私があなたくらいの歳だった頃、三歳上の兄が、
まさにミヤギさんがあなたにそうしてくれたような方法で、
どん底にいた私のことを救ってくれたんです。

やはり、私もあなたと同じように、決意しました。
どうにかして兄に恩返ししてやろう、ってね。
でも、それには時間が足りなかったんです。
兄は消えました。私は何もできないままでした」

そこまで言うと、おっさんはグラスの残りを飲み干した。

「もし私が、当時の自分に何かアドバイスをするとしたら。
私は、”限界まで耳を澄ませ”と言うと思います。
そう、限界まで耳を澄ますんですよ。限界までね。
――そして、あなたはまだ間に合うところにいるんです。
ぎりぎりですけど、まだきっと間に合うはずなんです」


254 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 13:28:43.75 ID:3etpqdGe0
おっさんがいなくなった後も、俺はその言葉について考えた。

「限界まで耳を澄ます」。そりゃ、一体どういうことだろう?
本当にただ耳を澄ませってことなんだろうか?
あるいは、深い意味のある有名な格言なんだろうか?
それとも、特に意味はなく、口から出任せに言ったんだろうか?

アパートに着くと、俺はミヤギと一緒にベッドに潜った。
「あの男の人、いい人でしたね」と言って、ミヤギは眠った。
すうすう寝息を立てて、子供みたいに安らかな顔で。
それは何回見ても、慣れないし、飽きないんだ。

俺はミヤギを起こさないようにベッドから降り、
台所でコップ三杯の水を飲んだ後、
部屋のすみに落ちていたスケッチブックを手に取り、
ミヤギが起きていないのを確認すると、そっと開いた。


255 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 13:32:11.46 ID:3etpqdGe0
スケッチブックの中には、色んなものが描かれてたな。

俺の部屋にある電話や壊れたテレビや酒瓶、
レストランやカフェや駅やスーパーの風景、
あひるボートや遊園地や噴水や観覧車、
カブ、ポカリスエットの空き缶、スヌーピー。
で、俺の寝顔。

俺はスケッチブックを一枚めくり、
仕返しにミヤギの寝顔を描きはじめた。

しょっちゅうミヤギが絵を描くのを横で見ているうちに、
絵の描き方ってのが大体わかるようになってたんだな。
俺の頭からはすっかり色んなものが削ぎ落とされてたから、
「上手く描こう」とか「あの画家のアプローチを真似よう」とか、
そういうよけいなことは一切考えずに絵に集中できた。

完成した絵を見て、俺は満足感を覚えると同時に、
ほんのちょっぴりだけ、違和感を覚えた。


256 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 13:37:20.07 ID:3etpqdGe0
その違和感を見逃すのは、簡単だった。
ちょっと他のことに考えを移せば、
すぐにでも消えてしまうような、小さな違和感だった。
でも、俺の頭の中にはあの言葉があったんだ。
『限界まで、耳を澄ますんですよ』。

俺は集中力を全開にした。
全神経を研ぎ澄まして、違和感の正体を探った。

そしてふと、理解したんだ。
次の瞬間には、俺は何かに憑りつかれたかのように、
一心不乱にスケッチブックの上で鉛筆を動かしていた。

それは一晩中続いた。


257 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 13:41:42.21 ID:3etpqdGe0
俺はミヤギを連れて花火を見に行った。
近所の小学校の校庭が会場の花火大会で、
それなりに手の込んだ打ち上げ花火が見れた。
屋台もたくさん出ていて、思ったより本格的だったな。

俺がミヤギと手を繋いで歩いているのを見ると、
すれちがう子供たちが「クスノキさんだー」と楽しそうに笑った。
変人ってのは子供に人気があるんだよ。

お好み焼きの屋台の列に並んでいると、
俺のことを噂で聞いたことがあるらしい高校生くらいの男たちが近づいてきて、
「恋人さん、素敵っすね」とからかうように言った。
「いいだろ? 渡さないぞ」と言って俺はミヤギの肩を抱いた。

なんか嬉しかったな。たとえ信じてないにせよ、
「ミヤギがそこにいる」っていう俺のたわごとを、
皆、楽しんでくれてるみたいだった。

会場からの帰り道も、俺たちはずっと手を繋いでた。
それが最後の日になると知っているのは、俺だけだった。


258 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 13:46:56.19 ID:3etpqdGe0
日曜になった。ミヤギは二週に一度の休日だった。
「よう、ひさしぶり」と代理の監視員が言った。

本来なら、余命はあと三十三日だった。
明日になれば、ミヤギはまた俺のところにきてくれるはずだった。

だが俺は、再び、例のビルへ向かったんだ。。
そう、俺がミヤギと初めて顔を合わせた場所だ。

そこで俺は、残りの三十日分の寿命を売り払ったんだ。

査定結果をみて、監視員の男は驚いてたな。
「あんた、これが分かってて、ここに来たのか?」

「そうだよ」と俺は言った。「すげえだろ?」

査定を担当した三十台の女は、困惑した様子で俺に言った。
「……正直、おすすめしないわ。あなた、残りの三十三日間、
きちんとした画材やら何やらを用意して描き続けるだけで、
将来、美術の教科書にちらっと載ることになるのよ?」


259 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 13:58:27.95 ID:3etpqdGe0
『世界一通俗的な絵』。
俺の絵は、後にそう呼ばれ、一大議論を巻き起こしながらも、
最終的には絶大な評価を得ることになるはずだったらしい。
もっとも、三十日を売り払った今、それも夢の話だ。

俺が描いたのは、五歳頃からずっと続けていたあの習慣、
寝る前にいつも頭に浮かべていた景色たちだった。
自分でも知らないうちに、俺はずっと積み重ねてきてたんだよ。
それを表現する方法を教えてくれたのは、他でもないミヤギだった。

女によると、俺が失われた三十日で描くはずだった絵は、
『デ・キリコを極限まで甘ったるくしたような絵』だったらしい。
美術的史なことにはほとんど興味がなかったが、
一か月分の寿命を売っただけで大金が入ったことは嬉しかったな。
ミヤギの借金を返しきるには至らなかったが、それでも、
彼女はあと五年も働けば、晴れて自由の身になるらしかった。

「三十年より価値のある三十日、か」と監視員の男が笑った。
でも、そういうもんだよな。


260 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 14:04:21.45 ID:3etpqdGe0
残り、三日。最初の朝だった。
ここからは、監視員の目は一切ない。純粋に俺だけの時間だ。

ミヤギは今頃、どっかの誰かを監視してるんだろうか。
そいつがヤケになってミヤギを襲ったりしないことを、俺は祈った。
ミヤギが順調に働き続け、借金を返し終わった後、
俺のことを忘れちまうくらいに幸せな毎日を過ごせるよう、俺は祈った。

三日間を何に費やすかは、最初から決めていた。
俺はかつてミヤギと一緒にめぐった場所を、今度は一人でめぐった。

思いつきで、俺はミヤギがいるふりをしてみることにした。
手を差し出して、「ほら」と言って、空想上のミヤギと手をつないだ。

周りから見れば、いつも通りの光景だったろうな。
ああ、またクスノキの馬鹿が架空の恋人と歩いてるよ、みたいな。

でも、俺にとっては大違いだったんだ。
俺はそれを自分からやっておきながら、
まともに立っていられないほどの悲しみに襲われた。


264 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 14:13:18.98 ID:3etpqdGe0
噴水の縁に座ってうなだれていると、
中学生くらいの男女に声をかけられた。

男の方が俺に無邪気に話しかける。
「クスノキさん、今日はミヤギさん元気?」

「ミヤギはさ、もう、いないんだ」と俺は言う。

女の方が両手を口にあてて驚く。
「え、どうしたの? 喧嘩でもしたの?」

「そんな感じだな。お前たちは喧嘩するなよ」

二人は顔を見合わせ、同時に首をふる。
「いや、無理じゃないかな。だってさ、
クスノキさんとミヤギさんですら喧嘩するんでしょ?
あんなに仲良しの二人でさえそうなるなら、
俺たちが喧嘩しないわけがないじゃん」


265 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 14:16:24.67 ID:3etpqdGe0
気付けば俺はぼろぼろ泣いていたな。
二人は、そんなみっともない俺をなぐさめてくれた。

で、驚いたことに、俺の想像している以上に俺のことを知ってるやつは多いらしくてさ。
“またクスノキが新しいことやってるぞ”って感じで、
徐々に俺の周りには人が集まってきたんだ。

俺はミヤギとは喧嘩別れしたってことにしといた。
向こうが俺を見限って、捨てたってことにしたんだよ。

「ミヤギはクスノキの何が気に入らなかったんだろう?」
女子大生っぽい眼鏡の子が、怒ったように言う。
まるで本当にミヤギが存在したかのような口ぶりでさ。

「こんな良い人をおいて消えるなんて、
そのミヤギってやつは、本当ろくでもない女だな」
若いピアスの男はそう言って、俺の背中を叩いてくれた。

俺は何か言おうとして顔を上げて、
でもやっぱり言葉につまって、
――そのとき、背後から声がしたんだな。

「そうですよ、こんな良い人なのにねえ」って。


267 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 14:21:22.32 ID:3etpqdGe0
その声に、俺は聞き覚えがあったんだよ。
一日や二日で忘れられるもんじゃない。
俺にその声を忘れさせたかったら、三百年は必要だね。

声のした方を向く。
俺は確信していたんだ。
聞き間違えるはずはなかった。
でも実際に見るまでは、信じられなかった。

「そのミヤギって人は、ろくでもない女ですね」

ミヤギはそう言うと、自分でくすくす笑った。


269 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 14:23:30.70 ID:3etpqdGe0
「……すごいですよね、たった三十日で、
私の人生の大半を買い戻しちゃったんですから」

隣に座ったミヤギは、俺によりかかりながらそう言った。

周りの人間はあぜんとした顔でミヤギを見てたね。
そりゃまあ、実在してるとは思わなかっただろうなあ。

「あんた、もしかしてミヤギさん?」と一人の男が訊ねて、
「そうです。ろくでもないミヤギです」と彼女が答えると、
俺の手を取って「良かったな!」と祝ってくれた。

だが、当の俺はまだ事情を飲み込めずにいた。
なんでミヤギがここにいるんだ?
どうして周りの人の目にミヤギが映ってるんだ?


270 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 14:27:00.82 ID:3etpqdGe0
ミヤギは俺の手を握り、説明してくれた。
「つまり、私もあなたと同じことをしたんですよ」

俺が寿命を三日だけ残して売った直後、
あの代理監視員の男が、彼女に連絡したらしい。
『クスノキとかいう男、自分の寿命をさらに削って、
お前の借金をほとんど返しちまったぜ』、ってさ。

それを聞いたミヤギは、すぐに決断したそうだ。

「三日残して、あとは全部売っちゃいました」とミヤギは言った。
「おかげで、借金を返しても、まだまだお金があまってます。
三日間だけじゃ、とっても使い切れないくらい」


273 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 14:31:04.58 ID:3etpqdGe0
「さて、クスノキさん」

ミヤギは俺に微笑みかける。

「これから三日間、どう過ごしましょう?」


274 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 14:33:07.76 ID:3etpqdGe0
多分、その三日間は、

俺が送るはずだった悲惨な三十年間よりも、

俺が送るはずだった有意義な三十日間よりも、

もっともっと、価値のあるものになるんだろう。


275 :名も無き被検体774号+:2013/05/08(水) 14:36:55.44 ID:3etpqdGe0
おしまい。


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[ 2014/12/28 ] その他

[ 71257 ] NO TITLE

三日で死んじゃうと考えると悲しいけど50年の悲しい日々よりは良いのかなあ
[ 2014/12/28 ] ◆-

[ 71258 ] NO TITLE

俺の人生も売りたいけど、買い取り拒否されるんだろうなぁ
[ 2014/12/28 ] ◆-

[ 71261 ] NO TITLE

ジジイだけどすごく面白かった。
アイデア勝負かとおもったが展開、語り口、落とし所まで心得ている。
この人のほかの話も読んでみたくなりました。
[ 2014/12/28 ] ◆-

[ 71264 ] NO TITLE

涙出た…。読んで良かった。
[ 2014/12/28 ] ◆-

[ 71267 ] NO TITLE

中国人が金持ちになったのはこのシステムを使ってるのかな
警察官の平均寿命40歳位だって言うし
[ 2014/12/28 ] ◆-

[ 71269 ] NO TITLE

この話は別のサイトで見たけどリアリティーはないが
感心するぐらい上手いな。
[ 2014/12/28 ] ◆-

[ 71273 ]

こういう話(物語)も嫌いじゃないけど、
怖い話まとめに来てるからには怖い話のが読みたいなあ、という気持ちにもなる。
否定はしないけれど。面白かったb
[ 2014/12/28 ] ◆-

[ 71279 ] NO TITLE

個人の中でも,寿命の価値は変動相場なのね。

こういう話、好き。
くだらないからこそおもしろい。
[ 2014/12/28 ] ◆-

[ 71287 ] NO TITLE

アイデアと展開は素敵。
第三者が編集的に制作に加わったらもっと素敵ては?
[ 2014/12/28 ] ◆-

[ 71296 ] NO TITLE

無粋を承知で。
最初の方の、他の人には姿が見えていない筈なのに、パンを買ったりパスタを食べてたのが気になった。
周りの人にはミヤギが食べた物がどう見えていたんだろ。
[ 2014/12/28 ] ◆-

[ 71305 ] NO TITLE

>71261
げんふうけい、でググると他の作品も出てくるよ。
[ 2014/12/28 ] ◆-

[ 71324 ]

ハッピィーエンドで良かったょ〜
[ 2014/12/28 ] ◆o4hagwI2

[ 71352 ]

寿命売る前に、カブ売ろうよ
[ 2014/12/28 ] ◆-

[ 71371 ]

いい話。

てか、自分も寝る前に同じ習慣があるわ。
[ 2014/12/29 ] ◆-

[ 71399 ]

上でミヤギがスパゲッティ食ってるとこは
どう見えるのかってあるけど
監察員は透明人間になるんじゃなく、
見えてはいるけど認識できない感じになるんじゃない?
石コロ帽子みたいに
[ 2014/12/29 ] ◆-

[ 71415 ]

「ゲーセンで会った不思議な子」の雰囲気。特に読後の印象がそんな感じ。面白かった。
[ 2014/12/29 ] ◆-

[ 71441 ]

良かった!
[ 2014/12/29 ] ◆-

[ 71470 ] NO TITLE

俺の寿命はいくら付くんだろうな・・・
[ 2014/12/30 ] ◆-

[ 71669 ] NO TITLE

こいつはプロになった方がいいのにと思ったら出版されてんのか
あと世にも奇妙にうってつけな話だと思った
[ 2015/01/03 ] ◆-

[ 71774 ]

30万配った後は一文無しなのにどうして居酒屋や遊園地に行けたんだろう、とか、人に見えないのにミヤギはどうやってパン買ったんだろう、とは思いつつも、実写化して欲しいくらい惹き込まれる話だった。
[ 2015/01/04 ] ◆-

[ 72692 ] NO TITLE

面白い小説だ!
あと俺の人生は売ったら逆に処分料取られると思う。
[ 2015/01/14 ] ◆-

[ 72709 ] NO TITLE

うまいなぁ……
でもどこか前半の主人公を自分と重ね合わせてしまって切なくもなった。
[ 2015/01/14 ] ◆-

[ 73030 ]

前半の粗削りな矛盾や疑問も、終盤の力技で抑え込まれ、納得してしまった。
飾り付けにダマされる料理みたいだけど、美味しかったですよ。


[ 2015/01/18 ] ◆-

[ 73771 ] NO TITLE

引き込まれる世界観でした。おもしろい
[ 2015/01/27 ] ◆-

[ 74826 ]

映画化決定!
[ 2015/02/09 ] ◆-

[ 75042 ] NO TITLE

途中でお金あげちゃったのに
自販機巡りする金はどっから出てきたんだ?
[ 2015/02/11 ] ◆-

[ 99863 ] NO TITLE

この作者は真面目にコツコツ働くってことが死ぬほど嫌いなんだろうな。
そして全財産失くした後、働いている描写もまったくないけど、どうやってご飯食べたり出かけたりしたんでしょうね。
[ 2015/11/19 ] ◆-

[ 102804 ]

映画化決定!

素晴らしい作品でした!
[ 2016/01/08 ] ◆-

[ 122105 ] NO TITLE

美大を少しでも考えたことがある人ならわかる。
絵が好きで暇さえあれば絵を描いているような人だって、いきなり美大は受からない。ましてや芸術家?笑わせないでほしい。基礎すらマスターできないよ。

[ 2016/10/25 ] ◆-

[ 122118 ]

たとえ査定額が30円以下でも、50年、あと先にあったらいいなと思う自分はおかしいかな。
[ 2016/10/25 ] ◆-

[ 122133 ] NO TITLE

122105
フィクションですし
一般的な人達の認識に基づけば、まぁこんなところじゃないですか?
[ 2016/10/25 ] ◆-

[ 122961 ] NO TITLE

代理監視員の男が結構いいキャラ出してるのが目新しかった
こういうポジションは大抵、無機質無個性無愛想な役回りなのよね
[ 2016/11/08 ] ◆-

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