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『寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。』3/4

「『寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。』2/4」の続き
寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。

91 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 19:57:37.40 ID:VnWGrOgI0
待ち合わせまで暇だったから、俺はミヤギに頼んで、
幼馴染と会ったときの予行演習をすることにした。

昨日友人と会った時のレストランに入り、訓練を始める。
正面に座ったミヤギに向かって俺は微笑み、
「どうだミヤギ、感じ良く見えるか?」と聞く。
周りから見れば、壁に向かって微笑みかける変人だ。

ミヤギはサンドイッチをもそもそ食べながら答える。
「んー、ちょっと笑顔がこわばってますね。
普段笑わないから、表情筋が弱ってるんですよ」

「そうか。なら、夜までに鍛え上げてみせるさ」
俺は何度も笑ったり真顔になったりを繰り返す。

「……あなた、なんていうか、おもしろいですね」

「ああ。魅力的だろ? 惚れないように気をつけろよ?」

「気を付けます。しかし、浮き沈みの激しい人ですね」

実際、かなり浮かれてたんだよ、その時は。


92 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 20:02:56.34 ID:VnWGrOgI0
電話してから幼馴染に会うまで大体八時間くらい間があったんけど、
俺には二十七時間くらいに感じられたね。
五秒に一回くらい腕時計を見てた気がする。

ぎりぎりまで俺は、ミヤギで訓練してた。
どうすりゃ相手に良い印象を与えられるか、
カフェのすみで、二人で試行錯誤してたな。

――そうして、ついに待ち合わせの時間が来た。
待ち合わせ場所にやってきてくれた幼馴染を見て、
俺はその外見や口調の変化にとまどいつつも、
笑い方や仕草が変わっていないのに気づいて、
それだけで、本当に電話してよかったと思った。

「ひさしぶり」と彼女は言った。「元気にしてた?」
「元気にしてたよ、そっちは?」と俺は答えたが、
余命三か月の俺が元気だって言うのも笑えるよな。


93 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 20:08:12.45 ID:VnWGrOgI0
外見にそれなりに金をかけたおかげか、
幼馴染は俺のことを気に入ってくれたみたいだった。
「ずいぶん変わったね」と言いながらべたべたしてくる。

なんていうかさ、いける感じの雰囲気だったんだよ。
訓練の成果と、未来を知ってるがゆえの余裕もあって、
俺はかなりの好印象を幼馴染に与えることに成功してた。

しかし俺ってやつはさ、本当に物事を台無しにしないと気が済まないらしいんだよな。

近況を語りたがる幼馴染の話をさえぎって、
何と俺は、寿命を売った件について話し始めたんだよ。
「あのさ、俺、余命三か月しかないんだよ」って同情を引くような調子で語りはじめたんだ。


94 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 20:14:48.55 ID:VnWGrOgI0
心のどこかで俺は、この幼馴染なら、
俺の話を真面目に聞いてくれる、俺に深く同情し、
慰めてくれるって信じてたんだろうな。

でも話が始まって五分とたたずに、
幼馴染は退屈そうな反応を示し出した。
馬鹿にしたような顔で、「ふーん?」とか言うのな。

もちろん間違ってるのは俺で、悪いのは俺なんだ。
俺だって突然、寿命を買い取る店がどうだの監視員がこうだの言われても、信じないだろう。
大笑いされなかっただけマシだと思う。

幼馴染は「ちょっと失礼」と言って立ち上がった。
トイレにでも行くんだろう、と俺は思ってた。
その直後に、注文した料理が二人分届いた。
俺は早く続きを話したくて仕方なかったな。

でも幼馴染は戻ってこなかった。
料理が冷めるまで待ったけど、戻ってこなかった。
また俺は”やっちまった”わけだ。


95 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 20:20:09.76 ID:VnWGrOgI0
俺は冷めたパスタをゆっくり食べた。
しばらくすると、ミヤギが正面に座って、
幼馴染の分のパスタをぱくぱく食べ始めた。
「冷めてもおいしいですね」とミヤギは言った。
俺は何も言わなかった。

店を出ると、俺は駅前の橋に向かった。
そしてそこで、幼馴染に渡すはずだった三十万円の入った封筒を胸から取り出し、
道行く人に、一枚ずつ配って歩いた。

「やめましょうよ、こんなこと」とミヤギが言う。
「別に人に迷惑はかけてないだろ」と俺は返す。

どいつもこいつも、渡されたのが金だと分かると、
薄っぺらい礼を言うか、怪訝そうな顔をした。
断る奴もたくさんいたし、もっとよこせと言う奴もいた。


96 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 20:23:15.89 ID:VnWGrOgI0
三十万はあっという間になくなった。
俺は勢い余って、財布の金にまで手を出した。

きっと俺は、誰かに構って欲しかったんだろうな。
「何かあったんですか?」とか聞いて欲しかったんだろう。

三十三万円配り終えると、俺は道の真ん中で立ち尽くした。
道行く人が不快そうに俺のことを眺めていた。

タクシー代も残っていなかったので、
俺は建物の陰になっているベンチで寝た。
真上に傾いた街灯があって、しょっちゅう点滅していた。
ミヤギも正面のベンチで寝るようだった。
女の子にひどいことさせんてなあ。

「先に帰っていいんだぞ?」
俺がミヤギにそう言うと、彼女は首をふった。
「そしたらあなた、自殺とかしそうですから」


97 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 20:27:15.69 ID:VnWGrOgI0
眠りにつくまで、俺は真上に広がる星空を眺めていた。

最近、夜空を見る機会が増えた。七月の月は、綺麗だ。
俺が見逃していただけで、五月も六月もそうだったのかもしれない。

俺はいつものように、眠りにつく前の習慣を始めた。
頭の中に、いちばんいい景色を思い浮かべる。
俺が本来住みたかった世界について、一から考える。

五歳くらいから、ずっとやってる習慣だった。
ひょっとしたら、この少女的な習慣が原因で、
俺はこの世界に馴染めなくなったのかもな。


98 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 20:30:22.27 ID:VnWGrOgI0
六時ごろに目を覚まして、俺は歩いてアパートまで帰った。
街の外れでは朝市をやっていて、早朝から騒がしかった。

四時間くらい歩いて、ようやくアパートについた。
一昨日の件もあって、両腕両足が悲鳴を上げてたな。
もっと安らかに生きることはできないのかね、俺は。

シャワーを浴びて着替えると、寝なおした。
ベッドだけは俺を裏切らない。俺はベッドが大好きだ。

さすがのミヤギもそれなりに疲れたらしく、
監視もほどほどに、すぐシャワーを浴びて、
部屋のすみっこでうつらうつらしていた。


99 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 20:33:47.33 ID:VnWGrOgI0
机の上には、書きかけの遺書があった。
だが、続きを書くのは何だか馬鹿らしかった。
誰も俺の言葉なんて気にしちゃいないんだ。

会いたい人もいないし、そうなると、
いよいよすることがなくなってしまった。
散財しようにも金は昨日配りきってしまったし。

「何か他に好きなことはないんですか?」
ミヤギは俺にを励ますように、そう訊ねた。
「やりたかったけど、我慢してたこととか」

そこで割と真剣に考えてみたんだけど、
俺、どうやら好きなことがあんまりないらしい。
あれ、今まで何を楽しみに生きたんだっけ?


100 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 20:37:32.94 ID:VnWGrOgI0
かつて趣味だった読書も音楽鑑賞も、
あくまで「生きていくため」のものだったんだよな。
人生に折り合いをつけるために音楽や本を用いてたんだ。

いざ余命三か月となると、何もしたいことがなかった。
薄々感づいてはいたけど、俺って生き甲斐がないんだ。
寝る前の空想だけを楽しみに生きてたとこがあるな。

監視員は言う、「別に無意味なことだっていいんですよ。
私が担当した人の中には、余命二か月すべてを、
走行中の軽トラックの荷台に寝そべって空を見上げることに費やした人もいるんです」

「のどかだな、そりゃ」と俺は笑った。


101 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 20:40:35.29 ID:VnWGrOgI0
さらにミヤギは、こう言った。
「考える時は、外に出て歩くのが一番です。
お気に入りの服に着替えて、外に出ましょう」

いいこと言うじゃないか、と俺は思った。
段々とこの子は、俺に優しくなってきているように見える。

もしかすると、監視員は監視対象との接し方が決まっていて、
彼女はそれに従っているだけなのかもしれないが。

俺はミヤギのアドバイスに従って外を歩いた。
ものすごい日差しが強い日だったな。髪が焦げそうだった。
すぐに喉が渇いてきて、俺は自販機でコーラを買った。

「あ」、と俺は小さく声を漏らした。


102 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 20:44:32.07 ID:VnWGrOgI0
「どうしました?」

「……いや、実にくだらない事なんだけどさ。
好きなもの、一つだけあったことを思いだした」

「言ってみてください」

「俺、自動販売機が大好きなんだよ」

「はあ。……どこら辺が好きなんですか?」

「なんだろな。具体的には自分でも分からないんだが、
子供の頃、俺は自動販売機になりたかったんだ」

きょとんとした顔でミヤギは俺の顔を見つめる。


103 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 20:51:29.82 ID:VnWGrOgI0
「あの、確認ですけど、自動販売機って、
コーヒーとかコーラとか売ってるあれですよね?」

「ああ。それ以外も。焼きおにぎり、たこ焼き、
アイスクリーム、ハンバーガー、アメリカンドッグ、
フライドポテト、コンビーフサンド、カップヌードル……
自販機は実に様々なものを提供してくれる。
日本は自販機大国なんだよ。発祥も日本なんだ」

「んーと……個性的な趣味ですね」
なんとかミヤギはフォローを入れてくれる。

実際、くだらない趣味だ。見方によっては、
鉄道マニアを更に地味にしたような趣味。
くだらねー人生の象徴だよなあ、と自分で思う。


105 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 20:54:05.52 ID:VnWGrOgI0
「でも、なんとなく分かる気はします」

「自販機になりたい気持ちが?」

「いえ、さすがにそこまでは理解不能ですけど。
自販機って、いつでもそこにいてくれますから。
金さえ払えば、いつでも温かいものくれますし。
割り切った関係とか、不変性とか、永遠性とか、
なんかそういうものを感じさせてくれますよね」

俺はちょっと感動さえしてしまった。
「すげえな。俺の言いたいことを端的に表してるよ」

「どうも」と彼女は嬉しくもなさそうに言った。


106 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 20:56:48.97 ID:VnWGrOgI0
そういうわけで、俺の自販機巡りの日々が始まった。

原付に乗って、田舎道をとことこ走る。
自販機を見かけるたびに何か買って、
ついでに安物の銀塩カメラで撮影する。
別に現像する気はないんだけど、何となくな。

そんな無益な行為を数日間繰り返した。
こんなくだらない趣味一つをとっても、
俺よりもっと本格的にやっている人が沢山いて、
その人たちには敵わないってことも知っている。

でも俺は一向に構わなかった。なんか生きてる感じがした。

俺のカブ110は幸いタンデム仕様だったので、
ミヤギを後ろに乗せて、色んなところをまわれた。
ようやくやりたいことが見つかって、天気にも恵まれて、
俺の生活は一気にのどかなものに変わった。


110 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 21:07:57.50 ID:VnWGrOgI0
原っぱに腰を下ろして、俺は煙草を吸っていた。
隣では、ミヤギがスケッチブックに絵を描いていた。

「仕事しなくていいのか?」と声をかけると、
ミヤギは手を止めて俺の方を向いて、
「今のあなた、悪いことしなさそうですから」と言った。

「そうかねえ」と言うと、俺はミヤギのそばに行き、
彼女が線で画用紙を埋めていく様を眺めた。
なるほど、絵ってそうやって描くのか、と俺は感心していた。

「でも、そんなに上手くないな」と俺がからかうと、
「だから練習するんです」とミヤギは得意気に言った。

「今まで書いた奴、見せてくれ」と頼むと、
彼女はスケッチブックを閉じて鞄に入れ、
「さあ、そろそろ次に行きましょう」と俺を急かした。


111 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 21:11:56.75 ID:VnWGrOgI0
ある日、俺が目を覚まして部屋のすみを見ると、
そこにいつもの子の姿はなくて、代わりに、
見知らぬ男がかったるそうに座っていた。

「……いつもの子は?」と俺はたずねた。

「休日だよ」と男は答えた。「今日は、俺が代理だ」

そうか、監視員にも休日とかあるんだな。
「へえ」と俺は言い、あらためて男の姿を眺めた。
露天商とかにいそうな感じの、うさんくさい男だった。
すげえ遠慮のない感じで存在感を撒き散らしてたな。


112 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 21:16:17.23 ID:VnWGrOgI0
「お前の寿命、最安値だったらしいな?」
男は露骨に俺をからかうような調子で言う。
「すげえすげえ。そんなやついるんだな」

「すげえだろ? なり方を教えてやろうか?」
俺が淡々と返すと、男はちょっと驚いたような顔をした。

「……へえ、お前、結構余裕あるみたいだな?」

「いや、しっかり今ので傷ついてる。強がりさ」

男は俺の発言が気に入ったらしく、
「お前みたいな奴、嫌いじゃないよ」と笑った。


113 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 21:18:28.43 ID:VnWGrOgI0
監視員が男になったことによって、
俺はかなりリラックスできるようになった。

男はそんな俺の様子を見て、言う。
「女の子が傍にいると落ち着かねえだろ?
なんかキリっとしたくなるよな。分かるぜ」

「そうだな。あんたの傍は落ち着くよ。
あんたになら、どう思われようと構わないから」

俺は『ピーナッツ』を読みながらそう答えた。
ミヤギの前では恥ずかしくて読む気になれなかった本。
そう、実を言うと、俺はスヌーピーが大好きなんだ。

「そうだろうな。……ああそうだ、ところでお前、
結局、寿命を売った金は何に使ったんだ?」
そう言うと、男は一人でくっくっと笑った。


114 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 21:21:32.39 ID:VnWGrOgI0
「一枚ずつ配って歩いた」と俺は答えた。

「一枚ずつ?」と男はいぶかしげに言った。

「ああ。一万円を三十枚、三十人に一枚ずつ。
本当は人にあげるつもりだったが、考えが変わった」

すると男はタガが外れたように笑い出したんだ。

それから、俺にこんな質問をしてきたんだよ。


「なあ、お前――まさか、本当に自分の寿命が三十万だって言われて信じちゃったのか?」


115 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 21:25:56.79 ID:VnWGrOgI0
「どういうことだ?」と俺は男に聞いた。

「どういうも何も、言葉そのままの意味だ。
本当に自分の寿命、三十万だと思ったのか?」

「そりゃ……最初は、安すぎると思ったが」

男は床を叩いて笑う。俺は不愉快になってきた。

「そうかそうか。俺からはちょっと何も言えないが、
まあ、今度あの子に会ったら、直接聞いてみな。
『俺の寿命、本当に三十万だったのか?』ってな」


118 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 21:28:34.12 ID:VnWGrOgI0
次の朝、アパートにやってきたミヤギに、
俺は男に言われた通りのことを訊ねてみた。

「もちろんですよ」と彼女は答えた。
「残念ですが、あなたの価値、そんなものなんですよ」

「ふうん」と俺が小馬鹿にしたような態度で言うと、
ミヤギは俺が何かに気付いていることを察したらしく、
「代理の人に、何か言われたんですか?」と俺に聞いた。

「俺はただ、もう一回確認してみろって言われただけさ」

「……そんなこと言っても、三十万は三十万ですよ」
あくまでしらを切り通すつもりらしいんだな。


130 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 21:37:09.37 ID:VnWGrOgI0
「最初は、あんたがネコババしてると思ったんだ」

ミヤギは、ちょっとだけ目を見開いてこちらを見た。

「俺の本来の値段は三千万とか三億なのに、
あんたがこっそり横領したんだと思ってた。
……でも、どうしても信じられなかったんだよな。
何か俺は根本的な勘違いをしてるんじゃないか、と思った。
それで一晩考え続けて、ふと気づいたんだ。

――そもそも俺は、前提から間違ってたんだな。
どうして寿命一年につき一万円という値段が、
最低買取価格だなんて信じてたんだろう?
どうして人の一生が本来数千万や数億で売れて当たり前だなんて信じてたんだろう?

多分よけいな前知識がありすぎたんだな。
自分の勝手な常識に物事を当てはめ過ぎた。
俺はもっと、柔軟に考えるべきだったんだ」

俺は一呼吸おいて、それから言った。

「なあ、どうして見ず知らずの俺に、
あんたが三十万も出す気になったんだ?」


141 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 21:41:52.62 ID:VnWGrOgI0
ミヤギは俺の言葉の意味を分かっているみたいだったが、
「何を言ってるのかさっぱりわかりませんね」と言って、
いつものように部屋のすみに腰を下ろした。

俺はミヤギが座っている位置の対角線上にある部屋のすみに移動して、
彼女と同じように三角座りをした。

ミヤギはそれを見て、ちょっとだけ微笑んだ。
「あんたがしらんぷりするなら、それでもいい。
でも一応言わせてもらうよ。ありがとう」

俺がそう言うと、ミヤギは首をふった。
「いいんですよ。こんな仕事ずっと続けてたら、
どうせ借金を返し終わる前に死んじゃうんです。
仮に払い終えて自由の身になったとしても、
楽しい人生が約束されてるわけでもないし。
だったらまだ、そういうことに使った方がいいんです」


146 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 21:44:51.06 ID:VnWGrOgI0
「実際のとこ、俺の価値っていくらだったんだ?」

ミヤギは「……三十円です」と小声で言った。

「電話三分程度の価値か」と俺は笑った。
「悪かったな、あんたの三十万、あんな形で使っちまって」

「そうですよ。もっと自分のために使って欲しかったです」
怒ったような言い方をしつつも、ミヤギの声は優しげだった。

「……でも、気持ちはすごくよくわかるんですよ。
私があなたに三十万円与えたのも、似たような理由からですから。
さみしくて、かなしくて、むなしくて、自棄になったんですよ。
それで、極端な利他行為に走ったりしたんです」


150 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 21:47:25.60 ID:VnWGrOgI0
「でも、落ち込むことなんてありませんよ。少なくとも私にとって、
今のあなたは三千万とか三億の価値がある人間なんです」

「変な慰めはよしてくれよ」と俺は苦笑いした。

「本当ですよ」とミヤギは真顔で言う。

「あんまり優しくされると、逆に惨めになるんだ。
あんたが優しいことは十分に知ってる。だから、もういい」

「うるさいですね、だまって慰められてくださいよ」

「……そんな風に言われたのは初めてだな」

「というか、これは慰めでも優しさでもないんです。
私が言いたいことを勝手に言ってるだけですよ」


157 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 21:55:50.93 ID:VnWGrOgI0
「……あなたにとっては、何でもないことでしょうけどね」
そう言うと、ミヤギはちょっと恥ずかしそうにうつむく。

「私、あなたが話しかけてくれることが、嬉しかったんですよ。
人前でも構わずに話しかけてくれることが、すごく嬉しかったんです。

私、ずっと透明人間だったから。無視されるのが、仕事だったから。
普通の店でお話しながら食事したり、一緒にショッピングしたり、
そんな些細なことが、私にとっては夢みたいでした。
場所も状況も選ばず、どんな時も一貫して私のことを”いる”ものとして扱ってくれた人、
あなたが初めてだったんですよ」

「あんなことでよけりゃ、いつでもやってやるよ」
そう俺が茶化すと、ミヤギはいじらしい笑顔を浮かべた。

「そうでしょうね。だから、好きなんです。あなたのこと」

いなくなる人のこと、好きになっても、仕方ないんですけどね。
そう言って、彼女はさみしそうに笑った。


158 :名も無き被検体774号+:2013/05/07(火) 21:59:59.60 ID:VnWGrOgI0
俺はしばらく口がきけなかったな。
ほとんど処理落ちしたみたいになっちまって。

気を抜いたらぼろぼろ泣いちまいそうだったな。
おいおい、このタイミングでそれは卑怯だろ、って。

この時、無意味で短い俺の余生に、ようやくひとつの目標ができる。
ミヤギの一言は、俺の中にすさまじい変革をもたらしたんだ。

俺は、どうにかして、ミヤギの借金を全部返してやりたいと思った。

一生が百円に満たないこの俺が、だ。
身の程知らずにもほどがあるよな。

「『寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。』4/4」に続く


次の記事:『寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。』4/4
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